【 佳  作 】

【 テーマ:働くこと・職探しを通じて学んだこと】
娘の就職
千葉県  ひろし  53歳

三年前の初秋、私は当時高校三年生であった長女と激しい口論になった。当然のこととして四年制の大学へ進学するものと考えていた私に対し、長女はホテル業界の専門学校へ進学したいと申し出たのである。私は非常に落胆した。そして激昂した。長女が何らホテル業界に対する知識も予見もないままに、華やかに見えるホテル業界に幻想だけを抱き、専門学校への進学を語っているように聞こえたからである。さらにそこには、受験勉強という一時の困難から逃げているかのような長女の姿が私の目には映ったからである。何日も激しい言い争いが続いたが、互いの主張は平行線のままで終わり、翌春、長女は半ば強引に専門学校へと入学した。

 私の勤める会社にはたくさんの社員がいる。その多くを契約社員や派遣社員が占めている。無論その中にも優秀な人材は多い。それは事実ではあるが、いくら本人が望もうとも正社員登用への道は険しい。さらに彼等は正社員とほぼ同じ、否、それ以上の業務を担っていても困窮に喘ぐ者が少なくない。一旦正社員という道を逸れた人間に、今の世の中はあまりにも冷たい。これは私の勤める会社に限ったことではあるまい。昨今、どこの企業でも正社員の雇用を控え、極力非正規社員の雇用を推し進めている。理不尽だと思う。何かがおかしいと思う。しかしこれが現実なのである。彼等非正規雇用の若者を目の当たりにし、自分の娘には四年制の大学を卒業させ、なんとか安定した企業へ正社員として就職させたい。それが私の偽らざる気持ちであった。そしてそれは長女も理解しているものと信じていた。それだけに、正社員として就職できるかすらも分からない専門学校への進学は、私にとって衝撃であり、不安であり、もどかしくもあった。

今春、長女は専門学校を卒業し、全国にチェーン展開する大手のホテル企業へ正社員として入社した。聞けば専門学校へ通う二年間、一日も休まず、様々な資格取得に励んでいたと家内は言う。何としても正社員として就職することにこだわっていたそうだ。長女の正社員としての就職に、ひとまず私は安堵したが、長女は入社と同時に数週間の研修合宿へ参加を命ぜられ、その後も不規則なシフト勤務に入り、現場の仕事にあたっている。同じ屋根の下で生活しながらも約二箇月間、まともに顔を合わせることすらなかった。その間、内心、私は長女が過酷な仕事に音を上げ、すぐに会社を辞めるのではないかと危惧していた。

五月のある週末、長女を含め、珍しく家族全員が夜の食卓で顔を合わせた。少し長女が痩せたように見えた。堰を切ったように愚痴が飛び出してくると思っていた。しかし長女は何も語らない。無言で家族の夕食が進む中、次女が言った。「お姉ちゃん、仕事どう?」。もしかすると私の気持ちを察し、代弁してくれたのかもしれない。長女は一言だけ言った。「社会人はいろいろあるのよ。ね、パパ」。まったく予想していない一言であった。そしてその言葉に、私は目が醒めた思いがした。二箇月ながら社会の厳しさを身をもって体験し、必死にがんばっている長女がそこにはいた。もはや私と対等な一人の社会人になっていた。私は恥ずかしかった。申し訳なかった。なぜ長女の進もうとする方向に背中を押してやることすらせず、エールを送ることもせず、ただひたすら反対し、否定し続けていたのかと。すまなかったと思った。溢れる涙を堪えながら私は長女に「おつかれさん」、そう一言だけ伝えた。長女はただ笑顔で頷いた。私の思いをすべて理解しているように。「だいじょうぶ、がんばるから」そう私に語りかけるように。私はそんな長女の姿に、仕事を通じて人は成長するのだと改めて実感した。「おい、がんばれよ」、今心からそう思う。

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