【 努力賞 】
【 テーマ:働くこと・職探しを通じて学んだこと】
額の汗が教えてくれたこと
東京都  穴 沢 素 子 51歳

朝ロッカールームで白いつばの帽子、白い長袖のジャケット、白い長ズボンに着替える。すると、その人が持つ個性やそれまでの実績は失われ、会社の歯車の一つになる。

 朝8時半から17時まで、私は灰色の壁に囲まれ、天井にはパイプと蛍光灯のある、加工場で働いている。

 原料がボイルされて、それがコンベアに乗り、殺菌され、味つけされて、袋詰めされて商品となってゆく。この約一時間の行程において、11人がそれぞれの持ち場で仕事をしてゆく。

 防虫対策のため、加工場の窓は開けられないため、外は昼間なのに、加工場の中はまるで夜みたいだ。このようにして早いもので、13年の歳月が流れた。

 フリーランスで働いていた日々が懐かしく思い出された。手作りの教材を手にして教室に入ればそこは私が主人公となっての、ある意味自分の世界である。自分の作った問題が学校の定期テストや入学試験でよく似た問題になれば高く評価される。自分の勉強法は生徒にとって大いに参考になる。

 長期の休みには見聞を広めるために世界内外を歩き回った。空いた午後には通りを歩く人を眺めながら、テラス席でコーヒーを口にすると、自由っていいなあと思えた。

 果たして、自由ときらびやかさだけが人を幸せにしてくれるのか。

 13年の人々との出会いと交わりが、私に学校では学べなかった実に多くのことを教えてくれた。

 学校では教わったことをきちんとテストの答案用紙に書けば、教わったことを理解したことになる。

 しかし、社会の中には様々な考え方があり、答えは一つではない。そこでいろんな人と話し合うことが大切になってくる。

 学校では学業成績やスポーツや芸術で突出した能力を持つ生徒が高く評価された。

 会社においては、いろんなタイプの人と仲良く交わっていくことができて、その場を和ませる人がみんなから信頼される。

 私がこれまで学んできた学校で出会った人々は、一点でも多く点を取り、世の中から少しでも高く評価されることが大切と思っていた。

 たまたま迷い込んだように入ってしまった、加工場で、ある日、シングルマザーで子供が三人もいる人が、何を感じたのか、私にセーターとマフラーをプレゼントしてくれた。ご自身がいろいろと大変なはずなのに、同僚の私を心にかけてくれて。

 これによって、世の中で弱い立場にある人こそ人の心の痛みがわかるからこそ、利害関係のない人にも優しくできるのだ、みんなと円満にやってゆくためには、自分の考えを一方的に押しつけてはならないとやっと気づいた。

 読書をしたり、感じたことを書いたりする日中の時間を、生活してゆくために会社に明け渡している。その対価として給与をもらうが、私は給与以上のものをもらっている。一人一人顔がちがうように、幸せとは何かについてもちがう。これまでとても受け入れられなかった考え方も、やっと一理あるなと思えるようになった。

 今日は何に出会うのかと、今では朝会社に向かうのが楽しみである。

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