【 努力賞 】
【 テーマ:多様な働き方への提言】
感性の鋭い若者たち
大分県  ぎぶん そら 59歳

先日日本の大学のAPUに留学してきているベトナム人の学生と話す機会があり、将来どこで働きたいかと尋ねてみたら「私は日本の会社で働きたくない。日本人の働き方が生き生きしているように見えなくて、毎日がきつそうに見えるから。いくらお金をたくさんもらっても、日本の会社に勤めている人たちは幸せそうにみえないから。」といっていました。

同じアジアの国であり、日本よりも経済的には遅れている国の学生からも、日本は働くのが大変だと指摘されていることになぜか納得してしまったのです。

確かに日本の雇用体制は以前より若干は変わったように見えますが、それでも基本的には能率よりも時間優先、団体責任主義、個人の生活よりも仕事優先であることは変わっていないのです。今でも仕事をすべてに優先していることが偉いようなそういう考え方が社会にあると思います。

私から見ると、今の日本の若い人達は、もうすでにそういう日本の会社のシステムを感覚的に自分にあわないとわかっていて、ニートとか、フリーターと呼ばれる生き方をえらんでいるようにみえます。

彼らにはなんとなくわかっているのだと思います、この日本の時間に縛られた勤務体制やまるで子弟制度のような先輩後輩の人間関係がなんかどこか変だと。もうそういう体制は世界的にも遅れていると気が付いていないのは、従来の歯車社会の中で生きてきた大人のほうであり、それにしがみついているのは日本の社会全体なのだと思います。今は以前よりもすこしは増えてきたと思うのですが、もっとフレキシブルな雇用体制の会社を多くしていく事が大事だと思うのです。

私は自分自身も若いころ会社勤めがいやで転職を繰り返してきたので、その経験を基に自己啓発のようなブログを書き始めたのですが、気が付いたら何万人という人が読んでくれていました。それも20代や30代の若い人達が多いことに驚きました。こんなに多くの若い人達が、自分の将来に悩んでいるのだと気がつきました。彼らはほとんどが、日本の教育体制、受験体制を無事に生き抜いて大学を終えた人達なのです。日本の中では充分と言われる教育を受けながら、社会に出るのが怖い、また社会に出たのはいいけど、本当に何をやっていいのかわからない、そういう若者が増え続けていることは事実だとおもいます。でも私に言わせれば彼らのほうが正直なのです。自分の親や周りの大人をみて、会社や仕事に命をささげてきて、退職後自分というものがなくて、何の趣味も楽しみもない老人になっていく人たちを見て、ああなるのは嫌だと肌で感じてしまうのだと思います。

しかし、そういう感性の鋭い若者たちの将来を考えたとき、日本の教育制度にいつもいきつきます。みんなと同じことをしなければいけない授業体制、ものを考える時間や討論する時間を奪う詰め込み主義、自分を表現することを奪う団体尊重主義。そんな教育体制に組み込まれてきた子供たちが、これはおかしいと思いながらもどうしてよいかわからない。自分から何かを変えていくことに抵抗がかかるように、時間がかかるように小さいときから教育をされ続けているのです。教育というのは本当に大切だと思います。その国の将来をつくるのですから。日本の勤勉な良さを残しながら、自分というものを確立していく教育改革が本当に必要です。私には自分の生き方を真剣に探している若者たちが悲鳴を上げているようにしか思えないのです。

そういう意味では、雇用体制の改革と教育制度の改革は連動していくべき問題だと思います。教育を改革して、子供たちが自分で考え自分を表現し、自分の意志で行動できるようにし、その子供たちがいろんな選択肢のある雇用形態を選べるようになったら、彼らが自分というものを持ちながら生き生きと生活できる社会になると思うのです。本当に今改革をスタートするべき時が来ていると思います。

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