【 努力賞 】
【テーマ:働くこと・職探しを通じて学んだこと】
残酷な世の中へ
東京都  五十川 待 子  21歳

私は都内有名私立大学の文学部に通う、就活中の女子大生である。

この字面だけを見て、どんな想像をされただろうか。スカートスーツに身を包み、颯爽と商社の一般職面接へ赴き、内定をいくつも持ち帰る女子大生だろうか。

実際は、パンツスーツに身を包み、疲弊しきった重い足でメーカー総合職の役員面接へ辿りつき、最後の最後で「お祈り」を食らう女戦士である。

私は教師たちに言いたい。男女差別は、過去の遺物ではなかったのか、と。

小中高、男女わけ隔てない教育を受けてきた。ボーイッシュでありたい女の子なら、そう扱って差し上げましょう。だって大事な個性だから。そんな個性主義のゆとり教育を受けた結果、元来男の子寄りの思考・嗜好を持っていた私は、そのまま男性に張り合う女性として成長した。だから、思い描く将来像が、男性の描くそれと同じになっても仕方がないじゃないか。

 大学3年になり就活を意識しはじめ、一般企業への就活セミナーを探したとき、対象学生の区分が「文系・理系・女子」であった。女子学生向けセミナーではこう叫ばれていた、「女性の皆さん!社会進出をしましょう!結婚・子育てと、お仕事を両立させましょう!一般職だけでなくエリア総合職も視野へ!!」。私は白けてしまった。結婚も、子育ても、私はしたいと思わない。将来の旦那様の収入を当てにした手段としての就職は嫌だ。ばりばり仕事をして、社会に必要とされている実感と、一人で生きていけるだけの収入がほしい。そう考えて、文系区分の就活セミナーに参加し、総合職を目指した。

母たちはバブル期に就職し、女の子といえば一般事務で寿退社が勝ち組とされる世代だ。故に、1994年のバブル完全崩壊と同時に生まれた現在の就活中女子が総合職を目指そうが、「そういう時代なのね、がんばってね」という程度の認識だ。しかし、今思えばここで気づくべきだったのだ。「男子学生向け」と銘打ったセミナーが、ひとつもなかったことを。

 いざ蓋をあけてみたら、どうも就活が上手くいかない。最後の役員面接で、落ちる。私は特別優秀な人間ではない、が、内定をもらっていくのは、稚拙な受け答えで面接官を苦笑させていたような、どう考えても私よりしっかりしていない男子学生なのだ。私ではなく。

わからなかった。一次・二次で落ちたときは、大概思い当たる節があった。しかし役員面接で落とされるとき、いつも納得がいかない。そしてやっと、「女性総合職として期待されているのは、【本当に優秀な一部の女子】だけであること」に気がついた。平々凡々とした女など、稚拙な男よりも不要なのだ。しかしこのご時勢、そんなこと口が裂けても企業は言わない。「男女区別なく、より長く働いてくれそうな人を採用しているんです」、常套句だ。ここでもし私が「女性ですが結婚も、子育ても、する気はありません。御社の営業マンとして、男性のように働きたいんです」と言ったとしよう。きっと、「変な子」というレッテルをつけられてお祈りだ。私が信じてきた「就活セオリー」は、あくまでも男子大学生向けであったのだ。

ここで言っているのは、性同一性障害だとか、FtMだとか、そういうことじゃない。価値観が男性的であることの主張自体が承認されず、しかしそれは「男女平等」を歌う個性主義のなかで起こるはずもないことだと、一蹴されてしまうジレンマに憤っているのだ。

 結論。本音と建前、理想と現実の乖離がこれ以上進むのであれば、いっそ残酷な世の中になってほしい。男女平等は、教育現場という箱庭だけでの幻想です、現実を見なさい、あなたは選ばれし優秀な女子ですか?違うでしょう、ならば、「女性」という役割を演じなさい、諦めて一般事務職につきなさいと。

 傷だらけになりながらがむしゃらに死地を潜り抜けた先が、【始めに戻る】のマスだった、なんてほうがよっぽど残酷じゃないか。

戻る