【 努力賞 】
【テーマ:仕事を通じて実現したい夢】
社会科教師という生き方
立命館大学文学部  橋 本 憲 人  21歳

私の将来の夢は社会の先生になることである。親戚に先生がいること、素晴らしい先生に出会えたこと、今の教育問題を解決したいという思い、色々なことが私に教師を志させる。現代社会における教育の問題には、いじめや不登校、貧困などがあり、最近では教師の休日出勤、「部活動」問題や教師の政治的中立についてが問題となっている。つまり、今まで子どもに対する問題ばかりだったのが、近年になって子どもに教育を施す側である教師にも問題がでてきている。昔からも言われてはいたが、徐々にそれが浮き彫りになったのである。これは私の考えだが、8割くらいの教師が「なりたくて」教師になっている。残りの2割は減ってはいるとは言っても、言ってしまえば「でもしか先生」なのではないかと思う。2割の人は、おそらく安定しているから、ただ対価としての給料が欲しいからといった理由で教師になったのではないかと思わざるを得ない。というのも、そういった日本の教育を変えてやろう、子どもたちに質の高い教育を施したいという気持ちのない先生が、最低限の、最低限にすら至らない適当な仕事をするせいで、そのしわ寄せが他の8割の先生にいってしまって、学級崩壊ならぬ学校崩壊が起きている事実があるからである。

 子どもたちに「生きる力」をつけさせる前に、教師は「教師力」とも言うべきものをつける必要がある。時間の流れとともに、複雑化・細分化していく教育問題を解決する力がこれから必要となってくる。たんに自分の担当科目の知識をつけさせるだけでなく、つけさせた力を子どもたちが将来発展・応用することができるような授業も求められる。当然、保護者の対応や地域の人々の適切な対応も求められる。

社会科教師は、社会の問題に対して自律した判断を下し、自ら社会に参画し行動することができる「民主主義を支える市民」を育成する、これからの日本の社会を担っていく子どもたちの思考力や将来にわたって役立つ見方考え方の育成をする役割があり、それを重々認めたうえで、子どもたちが「なぜ」「どうして」と考えるような、知的好奇心を刺激するような学習課題を設定する必要がある。子どもたちの学習の履歴を把握し、教師側も常に知的好奇心を持ち子ども目線で、ある意味子どもに挑戦するような感覚で問いを出していくなかで、教師自身も思考し、試行錯誤することが授業自体の質の向上につながっていくのではないかと思う。

 社会科授業でしかできないことは、説明的知識を獲得させることであり、子どもたちの見方考え方を成長させていくことである。そのためには、「なぜ」という疑問、矛盾を子どもたちに感じさせるための「問い」を教師が用意し、日々の授業の中で、「なぜ」にフォーカスした問いに基づいて思考することが、子どもたちの社会認識を深め、社会に対する見方考え方を鍛えることに繋がり、社会科本来の目的である「民主主義社会を支える、自ら考える市民を育成すること」に繋がっていくのではないだろうか。

今、大学で教師になるべく勉強をしているが、その過程のなかで理想の「教師」像を見出した。これからはその理想の教師像に近づけるための努力をしていかねばならない。教壇に立つ私の姿を見て「先生になりたい」と思ってくれる未来の生徒たちを想像しながら今は机に向かう。「教師力」を持ち、子どもたちに「生きる力」を付けさせること。これからの社会を支え、生きていけるような力を育成することが教師の役割であると思う。教師一人ひとりがもっとその意識と情熱をもって「仕事」に励めば教育問題も解消されると信じている。

戻る