【 努力賞 】
【テーマ:多様な働き方への提言】
プラスα
東京都  歩志華  28歳

まだお金というツールがなかったその昔、人々は狩りをして食べ物を得ていた。物々交換の時代を経て、お金という便利なものが誕生し今に至るが、お金を間に挟むことにより、働くということに対する考えが大きく変わったように思う。食べ物を得るために狩りをするというシンプルな構図が、お金を通すことで分かりづらくなったからだろう。人が働くのは、突き詰めればやはり生きていくために他ならない。ただ、文明の発達と共に、生きていくために必要なものが増えた。衣食住さえ揃っていれば生命維持は出来る。しかし人間らしく生きるためには、プラスαが必要なのだ。だから多くの若者が仕事について迷い、悩む。

 そして近い将来、再び人の働き方は劇的に変化すると言われている。ますます機械化が進み、人手がいらなくなるからだとか。確かに、一度機械にインプットさせれば出来るような、精密でしかも同じ動作が求められる仕事であれば、人間より機械の方が向いているに決まっている。そうなってくると、どのような働き方があるのか。人はこれからどのように生きていけばいいのか。時間をどんな風に使えばいいのか。人間にしか出来ない仕事ってなんだろう。今のところまだ機械に取って代わられることのない強み……。アイディアと心くらいだろうか。文化的で、心があり、クリエイティブなこと。個性の時代の幕開けなのだ。

 だからこそ、迷う人も増える。私もそのうちの一人だ。ゆとり初代の私は、団塊世代ほど逞しくもなく、ゆとりど真ん中の世代ほど自由にもなれない。しかも真面目で良い子の長女。世の中の渡り方なんて知らない温室育ちの私に何が出来るだろう。思えば私は、第二反抗期を迎えた九歳の頃から、自分らしさというものを常に探し続けてきた。社会に出てからは、そこにお金という厄介なものが付きまとうようになり、自分らしさを見つけることは、自分らしい働き方を確立することだと最近になって思う。

人生は一度きり。もし死後の世界や輪廻転生が存在したとしても、この私として送る人生は、やはり一度きりなのだ。だから私は、楽しむことに貪欲であろうと思っている。多くの偉人が、人目を気にせず自分らしく生きることを推奨している。言い回しこそ違えど、人生を謳歌した人たちは皆、口をそろえて同じ言葉を残しているのだ。自分が何をしている時が楽しいのか、何に没頭出来るのか、天職を見つけるにはそれを知る必要がある。それがすでに分かっている人、見つけるのが早い人は、それまでに自分らしく生きてきた人なのだろう。いつも自分の頭で考えてきたと思っていたけれど、それが未だに分からない私は、常識や人の目を意識して多くの判断を下してきたのかもしれない。自分に合った仕事を見つけるには、自分に正直であることが何より大切だ。

しかし人は、自分だけのために生きていけるほど強くなんかない。誰のどんな役に立っているのか、それが分からなくなったとき、人は働くことに意義を見出せなくなる。狩りをして食料を得ていた時代と大きく異なる点はそこだろう。綺麗ごとではなく、誰かのありがとうは、金銭には代えがたい報酬だったりもする。人間らしく生きるために必要なもの、それは人の役に立っているという実感なのかもしれない。

そしてもう一つ。本当は昔から皆が求め続け、抑えなければならなかった時代を経て、ようやく受け入れられ、寧ろ求められ始めたもの。それは、自分自身が楽しむということ。自分と人を幸せにしたい。それぞれ方法は違っても、みんなの原動力はこれにつきる。どんなに働き方が多様化しても、これだけはきっと変わらない。誰かが喜んで受け取ってくれて、自分が与えることに喜びを感じるもの、方法は、一体何だろう?私は必ずそれを見つけようと思う。

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