【 努力賞 】
【テーマ:働くこと・職探しを通じて学んだこと】
働く人の手
山形県  サトウアツコ  30歳

ガソリンスタンドで働く私は、給油しながら灰皿とゴミを回収し、窓を拭く。「オーライ、オーライ、ハイOKです」夕方の退勤時間を過ぎても、セメントの上を走る靴音が鳴る。男性だけの職場に、女性は私一

人。「力の差はあるけれど、男性のゴツゴツした手より、女性の小さな手が作業しやすいこともある」働き始めた私に、マネージャーは言った。

その言葉を胸に洗車をしていると、事務所から所長がでてきて「佐藤さん、退勤時間を過ぎているけれど大丈夫?」と聞かれ「綺麗になると気持ちが良いので、洗車してから帰ります」そう伝えると所長は笑っていた。洗剤を溶かしたバケツを持って、洗車機を通す前にスポンジで予洗いする。手をかけた分だけ、この仕事に愛着が持てるような気がした。私の手はガサガサだった。心も乾燥していくなんて、この時は知らなかった。

仕事にも慣れてはた頃、朝出勤すると「お前より仕事を長くしてきた人達に交通費がないのに、新人バイトが交通費も支給されているなんて狡いよな」と、一緒に働く仲間の一人に言われた。私が勤めると同時に所長も新しい方になり、以前より改善されていると思っていた。「どうせ、バイトが何を言っても変わらない」と、さみしそうな目をした。

ここで、どんな扱いをされてきたのだろう。

私は心が痛んだ。所長に直談判をした。

すると、皆に交通費が支給され、結果オーライだと思ったが、男性はプライドが高く、交通費が支給されても溝は深まるばかり、めげずに働く私も意地になっていた。接客が好きだったので乗り越えられると思っていたが、オイルを交換する際、ぬいてはいけないオイルをぬき、私は始末書を書くことになる。分からないことは聞くように言われていたので、どのオイルタンクをぬいたらいいのか教えてくださいと何度も頼みに行った。目で確かめることもなく、給油しながら適当に答えていたとは知らず、私が信じて作業をした結果、お客様に多大なご迷惑をかけてしまった。申し訳なさと、不信感を抱きながら、これ以上ここで何のために働くのか分からなくなってしまった。この仕事が好きで働く人、生活のために働く人、理由は様々あるけれど、チームムワークが良くなくては仕事に支障をきたす。

私は、辞めるとを決意し、この手に職をつけたいと美容師の道を選んだ。

今、私の手は仕事に喜びを感じている。ボーナスも交通費もないが、自宅に職場がある。

ストレス社会を生きぬくために、リフレッシュできるような時間を提案したくて、毛染めやパーマの合間に肩のマッサージをする。

お客様に「あなたの手は温かい。触れた場所に血が通っていくのが分かる」と言われ仕事にも熱が入る。心が通うと働くことも楽しい。人の手には、機械にはない感覚がある。この手から伝わる、人の心に触れる感覚を忘れたくない。目を通した新聞に、世界一貧しい大統領と呼ばれたムヒカ前大統領の言葉が紹介されていた。「私達は、働いたお金で物を買っているのではなく、お金を稼ぐために働いた、人生という時間で物を買っているんだよ…」と。働く時間も、いただく代金も、人生の一部であるからこそ、今以上に丁寧な仕事を心がけたい。

気づけば私も三十代。捻挫した二十代に、心を失くさない生き方が、働き方にも反映されていくと知った。どんなに忙しくても、普段の生活を大切にする、心にゆとりがあれば柔軟な対応ができるはず。仕事から仕事を学ぶ私の手は、寡黙に働く。働く人の手は、傷つきながら、心で仕事を覚えていくのかもしれない。

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