【 努力賞 】
【テーマ:働くこと・職探しを通じて学んだこと】
三つの寝言
埼玉県  野 村 太 一  33歳

 新しい職場に向かう前に、三つ自分に言い聞かせる言葉がある。

@ 最初の二週間はアウシュビッツにいると思え

A 最初の三カ月は、意見を言うな

B 自分には、もらう給料に見合う価値はない

 自慢にならないが、33歳の私が今働いている職場は26個目である。いろんな会社で、いろんな社風に当たりながら、いろんな上司のもとで働いて来た。いい会社もあったし、よくない会社もあった。楽な仕事もあったし、辛い仕事もあった。26個が一般的に多いか少ないか、もしくは、経験として価値があるのかないのかは、わからないが、26個の職場で上記の三つのことを私は学んだ。

 一つ目の「最初の二週間はアウシュビッツだと思え」は結構早い段階で感じたことなので、多くの人が同意見かもしれない。「どんなにいい加減な会社で、上司がだらしなくて、仕事が辛くても、絶対にアウシュビッツでの労働よりはマシだ。まず二週間やれ」といった暑苦しい、体育会系の叱咤である。体力的にも精神的にも、どんな職場であれ二週間くらいはなんとかなると、無根拠に言い聞かせることにしている。そうしたら、なぜか勇気が湧いてくるのである。不安とも幾分仲良くなれる。初日の辛さが、二週間後も変わらずにあれば、その会社を辞めようと思っているが、今のところそのような職場は一つもない。

 二つ目の「最初の三カ月は、意見を言うな」においては、下の立場としてと、上の立場として経験したことから思うことである。下の立場としては、仕事をしていて違和感があるところを意見して、その後、「早とちりだった」と後悔した経験から学んだ。一見おかしいと思っても、理由がある可能性が高い。特に、何十年と雨風に耐えてきた会社では、いろんな失敗を経験してきているので、そこには必ず理由が存在する。上の立場としては、ギャーギャー騒ぐ頭でっかちの新入社員から学んだ。私のやり方が完璧であったとは思わない。そして、若い意見に耳を傾ける上司でありたいとも思っていた。しかし「とにかく、最初の三カ月は黙ってやってくれ」とよく思っていたものだ。指摘された箇所が「妥協」であったこともあった。しかし、妥協しているにも理由がある。会社を動かすために、小さな部署が妥協せざるを得ない状況も少なくはないのだ。ただ、「会社の中で、社会の中で、今自分は何をやっているのか」が見えてきたら、どんどん建設的でロマンチックな意見を言うべきである。そして、議論すべきであり、たとえ意見が衝突しても、それは会社や社会の財産になりうると私は信じている。

三つ目の「自分には、もらう給料に見合う価値はない」は、ネガティブに聞こえるかもしれないが、現実ではないだろうか。会社の財産の一つは経験であると思う。いろんな人が試行錯誤をして、失敗を繰り返し得たノウハウがある。そのノウハウが、素人である私の仕事の生産性を上げる。十倍、百倍にも生産性を上げる。会社の利益に対してもらえる給料の比率は、独立している人に比べると確かに低い。ただ、その生産性を自力で出せるかは疑問である。「出せる」と言い切れるようになり、「私の給料は安い」と言えるようになったら、それは独立する時期なのかもしれない。自分の力を過信せず、会社への感謝の気持ち(忠誠心とは少し違う)を忘れない、という意味で心に刻むことにしている。

将来、二週間以内に見切りをつけて逃げ出してしまうかもしれない。入って一か月しかたっていないのに、「おかしいんじゃないっすか」と上司に突っかかることがあるかもしれない。自分の力が、このグローバル社会に一人で放り出されても通用すると勘違いすることがあるかもしれない。

もしくは、一年後には、この三つの言葉をすべて否定しているかもしれない。先のことはわからない。それはそれで面白いことであり、働く理由になりうるし、生きる理由にもなりうるかもしれない。

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