【努力賞】
【テーマ:さまざまな働き方をめぐる、わたしの提言】
人生百年時代の理想の働き方
東京都  白石裕雄  62歳

学校の勉強に興味が持てず成績が悪くて、学歴コンプレックスの塊だった私が、40年前に働きだした頃に目指したのは高い収入と高い地位だった。就職を契機に、少しでも他人よりも良い生活になるよう、残業、休日出勤を必死でこなしていった。昭和50年代の右肩上がりのバブル期は、そんな働き方が当たり前だった。

年数を重ねるうちに、仕事のコツを覚え、売り上げの実績が出せるようになった。職場の仲間やお客様との良い関係も出来てきて仕事に楽しさを感じるようになった。順調に出世もしていたが40歳の頃、お金や地位を目指し続けることへの疑問を感じはじめた。役職が上がる程、予算の数字やトラブルに追われ、会議や接待で忙殺され、自分の時間もままならない。手に入れたポジションを守るのに大きなストレスを抱えていた。給料は良いが、組織に縛られた働き方は自分の目指す理想ではないと気づいた。サラリーマンであれば避けられない定年も気になりだした。どんなに出世をして役職を手に入れたにせよ、定年になれば振り出しに戻ってしまい、再就職も難しい。男性でも平均寿命が80歳を越え、人生百年時代を迎えようとしている中、定年以降の30年以上を快適に過ごすためのプラン作りを進めた。まずは目指すべき理想の働きかたを明確にした。

40歳からは地位や収入に主眼を置かず、自由度の高い働き方を目指した。仕事半分、自分の時間を半分という働き方だ。自由になった時間には、健康維持のため運動習慣を生活に取り入れる。ジムやプールに通って汗を流し、定年後も快適に働く為の気力と体力つくりをするという極めてわがままな働き方である。

実現に向けてまずは働き方を変えた。惰性でやっていた残業を止めた。得意分野を極めるための情報収集や、社内外の人脈作りを着々と進め、他者との差別化を図っていった。取り組んだのは新規市場開拓だ。この仕事は結果がすぐには出ず、中々評価されないので皆がやりたがらない仕事だった。10年かけて地道に取り組み、成果を出すことに成功した。

理想が実現したのは55歳の時だ。自ら会社に提案し、月水金だけ出勤する自由度の高い週休四日勤務が実現した。当時、従業員三千人の中でただ一人の働き方だった。こんな快適生活を五年過ごし、2年前の60歳で早期定年退職を選択した。新規市場の開拓は年齢に関係なく続けてほしいと、退職後も勤めていた会社と顧問契約を結び、これまで以上に自由度の高い働き方で、満足する収入も得ている。

60歳からは、より一層増えた自由時間で、子供の頃からの夢だった大好きな犬の飼育ボランティアを始めた。盲導犬協会の委託で、体重32キロのラブラドールレトリバーの盲導犬繁殖犬の飼育に取り組んでいる。

これまでのサラリーマンは入社から定年まで働けばよかったが、人生百年時代のこれからは、定年後も見据えた働き方の検討が必要だ。私の場合は、40歳から自由度を高める働き方の実現に向けて取り組み、55歳からは週休四日勤務、60歳からは週2日勤務を自ら提案して実現した。年齢と共に自由度が向上する働き方は、適度な運動を日常生活に取り入れることで、肉体的にも精神的にも快適で、仕事の効率も向上している。

少子高齢化の進む人生百年時代の働き方は、これまでのような一律フルタイム勤務だけではなく、職種や能力に応じた働き方のイノベーションが必要な時代になっているのではないだろうか。定年以降も自由度高く働くことが出来る社会になれば、これからの若い人達の勤労意欲の向上にもつながると思う。

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