【努力賞】
【テーマ:仕事を通じて、こんな夢をかなえたい】
天職のすゝめ
立命館大学  橋本憲人  22歳

近年、「転職」だとか「天職」という言葉をよく耳にする。「天職」は、辞書によっても、日本と西洋社会においても捉えられ方は異なる。日本においては、おおよそ「自分の性質・能力に適した職業」と位置付けられていると思う。

就職活動をする前の段階で、「自分探し」、つまり、面接官と面接をする前に、自分との面接をせず、自分の売りは何なのか、どんな人間なのかをあまりよく理解しないで、さらに特別な努力をそれほどしなかった場合には、人間の能力にはごく少数のスーパー超人を除いて、大した差はないということもあって、「天職」が見つからず、「天職」を求めて「転職」をする人がいるのではないかと考えている。

私自身は、天職はむしろ見つからないで当たり前だと思っている。しかし、できるだけ早い段階で、自分自身を正面から見つめ、将来の姿、なりたい自分を想像し、どこでどう生きるのかを考えることが、自分の性質を理解し、足りない力を努力で補い、将来求められる能力を育てることに繋がり、それが最終的に「天職」に近づく大きな鍵となると考えている。これを仕掛けるのは、「キャリア教育」という言葉があるように、教師であり、昨今の教師の果たすべき義務のひとつである。文部科学省も主張しているように、常に変化していく社会の中で、子どもたちが希望をもち、自立的に自分の未来を切り拓いて生きていくためには、変化を恐れず、変化に対応していく力と態度を育てることが不可欠であり、そのためには、日常の教育活動を通して、学ぶ面白さや学びへの挑戦の意味を子どもたちに体得させることが大切だ。

私の夢は社会科の教員になることである。社会の一部である学校という場で、しかもほとんど同年齢の人間としか関わりを持たない子どもたちに、「社会」を教えるのは容易ではない。高校生や大学生になると、アルバイトを通して、より直接的に社会と関わりを持つようになる。生きていく以上、性別や年齢、職業を超えて多くの人との関わりを持つことは避けられない。私は、大学一年のときに、はじめて働き、学校という小さな「社会」を離れ、大きな「社会」に触れた時、少しの恐怖と今までにない「学び」の存在に出会った気がして、高揚感を覚えた。何かを学ぶ際には、なぜそれを学ぶのか、なぜ学ばなければいけないのかということに何かしらの意味や理由を見出すことができなければ、どうしてもモチベーションが上がらず、途中で投げ出したり、中途半端な学びになってしまう。それが、「社会」の授業における難しさではなかろうか。

小さな社会のなかで生きる大海を知らない子どもたちの世界を広げることが私の叶えたい夢のひとつだ。自然体験や職業体験などの体験活動や進路指導も、子どもたちの世界を広げるうえでは非常に重要である。では、授業はどうだろうか。学校教育の中核を担う授業とキャリア教育が無縁なはずがない。私自身の経験や体験を授業のなかに組み込むことも面白いかもしれない。だが、あくまでもそれは参考情報であって、社会への関心、世界の広さを理解させることにはあまり繋がらないように思う。社会に出る前の、子どもたちに授業のなかで、大きな社会を疑似的に体験させるためには、やはり教科書の文字だけでは難しいところがある。写真や道具などのモノ資料や時には映像などを駆使して、「リアル」を感じさせる必要がある。しかし、それは私自身が感じたように、実際に大きな社会に触れることによる学びの刺激には遥か及ばないかもしれない。だが、授業を通して社会への関心を高め、自分自身を正面から見つめ、将来の姿、なりたい自分を想像し、どこでどう生きるのかを考えることは、子どもたちの世界を広げ、大きな社会への第一歩を踏み出すことに繋がると信じている。それが「天職のすゝめ」。

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