【努力賞】
【テーマ:仕事をしたり、仕事を探したりして気づいたこと】
ADなんて嫌いだ
東京都  野上大貴  24歳

単純労働。頭脳労働。そんな言葉を聞くたびに、ふと頭に疑問が浮かぶ。果たして、

「そんな分け方に意味はあるのか?」と。

僕はラジオ局でADをやっている。二年目に入った今はディレクターをやることもあるが、基本的には毎日ADだ。僕は最初、ADという仕事が大嫌いだった。言われたCDを取ってきて、決まったタイミングで卓にのせる。頼まれた小道具を用意し、渡された台本をコピーする。こんなこと誰だってできる。「単純労働だ。」と感じていた。

中学、高校、大学と一生懸命勉強し、熾烈な就職活動を経てやっとの思いで、『クリエイティブ』なことができる、と思って入った会社。その業務内容がこんなくだらない労働だなんて「がっかりだ。」と思い、やる気も出なかった。加えて、慣れていない分スピードも遅く、その遅さをただ毎日、ディレクターに怒られ続けた。

ある日、

「コーナーで使うBGMを用意してくれ。」
と言われた。そのコーナーは、『今日は何の日』というコーナーで、何年前の今日はこんなことがあったと紹介するコーナーだ。いつもとは違い、原稿にBGMの曲名は書かれておらず、ただ「パズルっぽいBGM」とだけ書かれていた。口では言われなかったが、

「自分で考えて用意しろ。」
というメッセージを理解した。人生において、「パズルっぽいBGM」が何かなんて考えたことのない僕は焦り、何時間もかけて、CDが設置されている部屋の中を探し回った。

やっとの思いで自分なりに納得のいくものを探し出し、渡した。お約束のように、時間がかかったことを怒られる。選んだものに自信もなく、おどおどしながらディレクターに手渡した。確認を終えたディレクターはただ一言、

「うん、いいじゃん。」
とだけ呟いた。一時間後、僕が選んだBGMは、電波を通して日本中に流れた。BGMが流れている間、僕はどこか恥ずかしく、そしてむず痒かった。きっと顔も真っ赤であったろう。そして、その時初めて、この仕事を、「楽しい」と思った。

次の日以降、僕はBGMを指定されていても、自分ならどうするかを考え、用意するようにした。そしてその上で、ディレクターがどのBGMを指定したかを毎日メモし、自分のストックとして貯めるようにした。半年が過ぎた頃、気がついた。上の人達も皆、最初は言われたことをやり、徐々に自分なりの工夫を重ねていくことで、今に至ったのだということに。

一年が経ち、僕は何かお題を言われれば、五分もかからずBGMを出せるようになった。

「ADは単純労働か?」
一年働いた今、答えはノーだ。そして、この世の中に、頭を使わない労働なんて1つもないと思う。全ては頭脳労働だ。

漁師は毎日、海の状況を見てその日の狙いを考える。バスの添乗員は、より多くのお客さんを惹きつけられるトークを、毎日試行錯誤する。どうすればフラペチーノを上手く作れるかを毎日考えているカフェ店員もいるだろう。

頭を使わない労働者なんて一人もいない。それはつまり、成長しない労働者なんて一人もいないということだ。働いていれば人間誰しも成長する。

「ADなんて嫌いだ。」
ちゃんと頭を使わなくちゃいけないから

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