【努力賞】
【テーマ:さまざまな働き方をめぐる、わたしの提言】
NO DREAM
東京都  吹上洋佑  29歳

社会人になって、5年経った。新卒の就職活動、中途の転職活動を経験。ずっとクリエーティブ業界に身を置いている。

私の周りでは、やりたいことを平日にやる人、休日にやる人で真っ二つに別れている。つまり、やりたいことを仕事でできているかどうかの違いだ。結婚、育児など人生のビッグイベントが、その道を左右する。

私は、そんなビッグイベントを避けてきた。それは、平日にやりたいことをやり続けるためだ。ウェブムービーやドラマなど、映像のストーリーを作る仕事に邁進する私は、自分があたかも、やりたい仕事ができていない人よりも、圧倒的にエライと考えてきた。うらやましいだろう、と思っていた。結婚などしてしまえば、やりたいことできないと思っていた。

俳優を志し、上京してきた友人がいる。彼は、東京の俳優養成所に通い、日々演技の勉強と実践に精を出し、時には演劇出演のチャンスをつかみ、舞台に立っていた。私はその舞台を観劇し、いたく刺激を受けていた。中目黒の安居酒屋へ行っては、「いつかおれが書いたドラマや映画に、お前を主演で起用するからな」と熱い思いをぶつけてきた。

そして数日後、彼と連絡が取れなくなった。きっと仕事が上手くいって、忙しいのだろうと思った。

おれも連絡が返せないくらいに、忙しくなりたいと思った。しかし共通の友人から、彼は俳優を辞めて結婚をし、それまでずっとアルバイトで在籍していた介護施設で、正社員になったと聞いた。正直、ガッカリだった。逃げたんだと思った。介護の仕事?俳優やりたかったんじゃなかったのかよ!どうせ怖くなったんだろ!お前は所詮そんなものだったんだよ!もう、連絡を取ることはないと確信した。

数日後、友人と飲んでいる席に、彼は突然やってきた。顔も見たくなかったのだが、いつしかガツンと言ってやろうという気持ちになっていた。しかし、彼は今まで見たこともない笑顔を見せた。それは、奥さんのことを話す時だった。こんなふうに笑うんだ、と驚いた。彼女と家庭を持つという夢が、俳優になりたいという夢よりも勝ったのだと、その笑顔を見て気付いた。ほんの少しだけ、羨ましいと思った。

やりたい仕事だけが、夢じゃない。好きな人といること、好きな人と家庭を持つこと、好きな人と死んでいくこと。もしかすると、これは人間にとって、とてつもなく大きい夢なのかもしれない。私はこれからも、相変わらずやりたい仕事をやっていくつもりだが、そんなやりたい仕事ぜんぶ捨ててもいいと思えるくらい、運命の人に、ある日突然出会ってみたい。やりたい仕事は必ずしも、夢の頂点ではないことを思い知らされてみたい。

やりたいことを仕事にできていない場合、どこか後ろめたい気持ちになる人が多い。私が言いたいのはただ1つ。やりたくない仕事にたとえ就いていたとしても、それはやりたい仕事をしている人よりも、幸せなのかもしれないということだ。

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