【佳作】

【テーマ:仕事をしたり、仕事を探したりして気づいたこと】
これから「働く」きみへ
千葉県 江 澤 友 美 30歳

「私へのお礼はいいから。されて嬉しいと思ったんなら、あなたの後輩に同じようにしてあげなね。」 忘れられない言葉がある。大学生ではじめてのアルバイトをしたベンチャー系出版社で、面倒を見て くれていた先輩社員の言葉だった。

働くこと自体になれていなかった私は、今思えばとても恥ずかしい失敗ばかりしていた。5分や10分 の遅刻は当たり前。前日夜遅くまで友達と飲んでいて、就業時間のほとんどを寝て過ごした日もあった。そんなだらしない私の態度に、真剣に向き合い、「将来ライターとして働きたいなら」と編集のスキルも 教えてくれるような、やさしい会社だった。

あまりによくしてくれることに不安になって、私は尋ねたのだ。「こんなに色々してもらって、私は何 も返せるものがない。どうやって恩返ししたらいいですか」と。返って来たのが冒頭の言葉だった。

公務員として仕事をするようになって9年目。入社当初は、職場に唯一の20代で、蝶よ花よと可愛 がっていただいていた私も、今や職場で「若手に指導してやって」と声をかけられるような立場になっ た。無我夢中で目の前の仕事を片付けるようだった20代の頃と比べて、先の見通しが立つ分だけ、俯瞰 的に仕事を考えられるようになってきたと思う。

そんな最近よく思い出すのが、冒頭の言葉だ。過去に言われた言葉が、年齢を経てあとになって意味 がよくわかるようになるのはよくあることだが、この言葉を発した時の、あの先輩の気持ちも、最近に なってよくわかるようになってきた。

新入社員の頃は、あまりに自分が何もできないのに相当落ち込んだ。高校、大学とそれなりに上位の 成績で過ごしてきた自分にとって、周りの人がすいすいとこなしていることが一切できないことは恐ろ しいストレスで、自己肯定感はどん底まですり減った。そんな自分を、先輩職員は疎んじているだろう と、毎日職場に行くのがつらかった。今、年数を経て新入社員を迎える側に立ってよくわかる。「できな い」ことは全く悪ではない。仕事を聞きに来られるのも、ミスしたことを報告に来られるのも、嬉しさ こそあれ、疎ましさなど全く感じるものではない。

そして、「自分に礼はいいから、後輩へ」という言葉は、義理人情的な意味だけではなく、実に合理的 な理由も含まれていたのだとわかる。現場はものすごい速さで動いていく。新入社員への仕事のノウハ ウの伝達は、最重要課題でありながら、時になおざりにされがちである。「会社が即戦力を求めるように なった」とよく言うが、どれだけ学校でアクティブラーニングをやろうが、実際の仕事が始まってみな ければ、本当の意味での「戦力」になどなりえない。だから結局は、経験値のある先輩社員から後輩社 員への直接指導が一番効果的であったりする。その時、いちいちお礼を言いに来る時間があったら、そ の先の後輩へ技術を伝えて職場全体の作業効率をUPさせてほしい。それがひいては教えてくれた先輩 社員への何よりの助けとなる。

思うに会社とは人体のようなもので、ものすごく優秀な人が一人いても、回りきるものではないよう に思う。個々の細胞や器官が自分の役割を精一杯果たすことで、ようやく一つの大きな肉体が息づくも のとなる。だから別に、心臓が栄養を分解できなくても誰も責めないし、心臓自身も劣等感を持つ必要 もない。大切なのは「循環」である。ある部分で生じた異常時、その器官だけで対応できなければ、他 の器官が助ける。ある部位で分解してできた栄養素は、全身へ巡らせることによって、体全体の働きが よくなり、自分たちのメリットとなって返ってくる。

だから私は、これから「働く」世界に飛び込む人に伝えたい。わからないなら「わからない」と騒ぐ のが大事だし、先輩に頼ることそのものが会社を助けるものだということを。

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