【 奨 励 賞 】

【テーマ:仕事探しを通じて気づいたこと】
心に寄り添えなければ
大阪府  生 越 寛 子  39歳

私は幼少の頃からバイオリンを習っていました。

バイオリンの先生はとても厳しく3歳の私にも容赦はありません。

「なぜ、ここまで練習していないの。先週ここを直すよう言いましたが、全く直っていません。もう一度、もう一度」

と何度も厳しく叱咤されました。歯を食いしばり、涙を流しながら練習した記憶があります。3歳の子どもにバイオリンを弾かせることは大変なことです。体で弾くことを覚えながらも楽譜やリズムなども読み取り正確に弾きます。その上バイオリンはピアノなどの他の楽器とは大きく違い、音自体も自分で作っていかないといけない楽器なのです。この難しさは他の楽器とはくらべものにならないほどだと思っています。日々の練習ができていなければ、先生にすぐにわかります。できなければ、10回、20回100回と練習するのみです。その上先生はできないことによって腕を叩いたり、教本を投げ捨てたりということもありました。それらは、この楽器は甘い気持ちでは上達しないということを言いたかったのでしょうが、現代で同じことをしようものなら、大変な苦情が来ることでしょう。どの先生もそのような時代でした。私はなんとかその苦しさを生き抜きバイオリン講師としての夢を開花させました。さて、次は私が小さな生徒たちを育て、花開かせる番です。講師として初めて教えた生徒は小学1年生の女の子でした。とても真面目な生徒でバイオリンも毎日しっかりと練習してきてくれます。週1のレッスンで会う度に上達していくのが手に取るようにわかりました。私はこの子をもっともっと上手にしたいと思い、指導にも熱を入れていきました。出来なければ、100回もいとわないほど練習させて、家での練習も回数を決め上達させようと必死になってしまいました。それでも彼女はしっかりとついてきて私を毎回満足させるほどでした。私は講師としての力量にも自己満足していました。

しかし、ある時突然彼女がレッスンを休みました。その次の週も、そのまた次の週も。そしてある時レッスンに来たのは彼女のお母さんでした。

「先生には1年間お世話になり、ここまでバイオリンを上達して頂き大変感謝しています。しかし、もうバイオリンを弾きたくない、と言い出したのです。私たちももったいないから続けたらと言いましたが、もう本人に気持ちがないのです。本人がバイオリンを嫌いになってしまったのです」

と言いました。バイオリンが嫌いになったという言葉が鋭く心に突き刺さりました。そんな素振り全くなかったのに。たった一人の生徒を私は失いました。私は何が起こったのか、理解ができませんでした。上手くなるイコール嬉しい。バイオリンが好きではなかったのだろうかと。でもその答えは全く違いました。彼女が音楽とバイオリンを全く楽しんでいなかったのだから。

私は彼女に手紙を書きました。バイオリンを嫌いにさせてしまってごめんなさい。と。もうバイオリンを弾かなくなったとしてもせめて音楽を好きでいて欲しいと思い、手紙にその思いを添えました。私は彼女の夢を奪い、楽しみを奪い、宝石の原石をめちゃくちゃにしてしまったのです。その時気づいたのです。私自身すら、果たして音楽を楽しんでいたのだろうかと。あの苦しかった子ども時代にバイオリンを好きと思ってやっていたのだろうか。もうやめられない習い事だと思って必死に食らいつくだけで生きてきてしまったことに気づきました。誰かに物を教えること、成長させることは難しいことです。そしてそれが職業である私は、自分自身の価値や基準だけでなく生徒それぞれの価値や基準を知り、その心に寄り添いながら成長させていかなければならないことを知りました。小さな宝石のような種を預けてもらった私はその種に温かで柔らかな水を絶えず注いでいくことです。そしてその花がどんなに成長が遅くてもいつかきっとその子にしか咲かせられない綺麗な花が咲くことを一緒に夢みて応援し続けることが必要だと思いました。

あの想い出からもう20年が過ぎました。今では生徒たちの笑顔が私の仕事の活力だと思えるほどたくさんの笑顔に囲まれています。そして皆、私が感激するほど音楽が大好きでいてくれます。これからも人の心に寄り添える指導者であり続けたいと思います。

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