【 入   選 】

【テーマ:仕事探しを通じて気づいたこと】
チャンスを糧に正直に
福岡県  匿 名  22歳

何のために人は働いているのだろうか。

私は、現在22歳。志を持ち入学した、専門学校を休学し、自分のやりたいことは何か、自問自答する日々を過ごしている。休学することになった理由、発達障害であると診断されたからである。発達障害は精神障害の一つである。そのため、私が入学した学校では卒業できないと説明を受けた。「大人の発達障害」最近はよくメディアでも取り上げられるようになり、私自身、他人事のように一生縁のないものであると思っていた。誰にでも得意、不得意はあるものであり、自身の得意、不得意を自覚し試行錯誤を行いながら、それぞれの役割を全うし、人は一生懸命生きていると私は考え、感じている。

卒業できないとはいえ、諦めたくなかった私は、休学を選んだ。休学を選び数ヶ月が経とうとしているが時折恥ずかしさや悔しさ等言葉では言い表せないような様々な感情が襲いかかる。その学校に入学するために浪人し、入学後、留年した。私は、時間はかけてでも、資格を取得するまでやり遂げ、資格取得後もその仕事に就き、働くと決めていた。諦めることも選択肢の一つとして時には大切ではあるが、諦めたくなかったため粘り続けた。

しかし、世の中はそんなに甘くない。おまえは変わっている。ここは、リハビリ施設ではない。どうして普通に話せないのか。端的に。こんな簡単な文字すら普通に読めないのか。みんなに合わせろ。小学校からもう一度通い直せ。様々な助言を頂いてきた。当たり前とは。普通とは何か。幼い頃から自問自答し、答えのない問いに対し、疑問を抱きながら、周りに合わせる事、目立たないように行動すること。偽りの自分を演じることで自分自身をごまかし、嘘をついてきた。だからこそ今回だけは自分が資格を取得し仕事に就きたいと思った事に対し、正直に在りたいと歩んできたはずだった。読み書きが苦手で時間制限のある筆記試験で答えはわかっていても、白紙の答案用紙を何度も提出した、勿論評価は0点。単位は取れない。信用されない。なんでできないのだろう。自分が情けなかった。極度の緊張と不安により言葉が出なくなり、顔見知りの相手でさえ意思疎通が図れない。話したい事は泉のように湧き上がってくるにもかかわらず、自分に無意識のうちにブレーキをかけ続けた。留年した焦りもあり、アルバイト禁止ではあったが、現場に少しでも慣れるために関連するアルバイトを自分なりに勉強と思い必死に行った。しかし、結果は発達障害に関連した様々な二次障害を引き起こしただけであった。何をしているのだろう。

おきてしまった過去を元に戻すことはできない。だからこそ今後訪れるであろう未来に対し、思いを馳せることで自分を奮い立たせる。今後の日々をどのように自分で選択し、過ごしていくべきなのか、自問自答、試行錯誤の日々を繰り返す。

「理想は高遠に現実は足下より。」浪人生活を送った予備校の講師が口癖のように言っていた言葉である。時折頭の中で繰り返されるこの言葉のおかげで、今の自分があるのではないかと。環境や選択肢を変えることは自分自身の視野を広げることに加え、自身の世界を変える手がかりになることもある。学校を休学したことで私は、視野を広げていくためのチャンスを有り難いことに頂いた。

私は現在、ディスレクシアの方のための音声教材の製作ボランティアに参加させて頂いている。私自身もディスレクシアの当事者である。音声教材の存在は多くの方の可能性を広げていく力を持っていると私は考える。

私が仕事探しを通じている中で気づいたことは、二つある。一つ目は、人の数だけ働く事に対し選択肢が広がって存在していること。

そして、二つ目は、生きることと働くことは、人が人と共生していくための一つの手段にすぎないのかもしれないということである。

何のために人は働いているのだろうか。その答えはその人次第ではないかと。

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