【 厚生労働省 人材開発統括官賞】

未来で生きる君に届け
神奈川県  柏木愛里

なんて恵まれた人生なんだろう、と常々思う。子供の時はDV、虐待、いじめなど悲しい言葉が並ぶ人生だったけれど。大人になってから「この人のように働きたい」と思える人と出会えて、それを想いながら仕事ができる。これは、とても幸せなことだ。


その人と出会ったのは大学生の時だ。その人はレンタルビデオ店の女性店長で、私はそこのアルバイト店員だった。私は当時、3つのアルバイトを掛け持ちしていた為、そこには週3回通っていた。そこのアルバイトが、一番楽しみだった。なぜなら、そこでは一番楽しく働くことができるからである。
 店長は常に忙しい人だったが、よく話を聞いてくれる人だった。作業中に話しかけても「どうしたの?」と明るく答えてくれて、人の顔を必ず見て話す人でもあった。その笑顔に安心感を抱いたことをよく覚えている。また、よく提案を受け入れてくれる人でもあった。歴の長い店員はDVDやCDなどの担当売り場がある。私も担当を持って頑張りたい!と店長に伝えたところ、私は絵を描くことが好きな上、文の構成力を褒められたことから、店全体のイラスト広告を任せてもらうことになった。
 しかし、私が働き始めてから1年程経ったある日、本社勤務のマネージャーから連絡が来た。「この店を潰すか残すか、会議で揉めている」。当時からレンタルビデオ店は動画配信サイトに顧客を取られ、店舗数は減っていく一方であった。私が勤めていた店舗も、赤字が続いていた。しかしマネージャーは「あれだけファンが多い店舗を潰すのは会社にとって損だ」と考えていたようだ。そこでマネージャーは、営業時間短縮とセルフレジ導入による人件費削減を提案した。店長は即座にその案に取りかかった。アルバイトの私たちも何かできないかと模索した。有料会員の勧誘に力を入れたり、毎月必ず大きな手作り広告を飾ったりした。計画開始から3か月後、なんとかギリギリ黒字まで軌道修正をし、半年後には黒字が安定した店舗となった。
 黒字が安定して数か月後、またマネージャーがやってきた。今度は「店舗プレゼン大会に出る」と言い出した。店舗プレゼン大会とは会社内の大会で、全国にある店舗の中で、今年最も伸びた店舗はどこかについてプレゼンをして競う大会らしい。
 大会当日は気前よく大きな会場を貸し切って行われた。うちの店舗をプレゼンするのは主にマネージャーと店長だ。私を含めたパートやアルバイトは観覧席から見守った。続々と熱いプレゼンが続く。優勝候補の店舗は売り上げも、店舗の大きさも、桁違いの大規模店舗ばかりだ。やっとうちの店舗が登場した。スポットライトに当たったマネージャーは、いかに人件費を削減したかを熱く語る。それで終わりかと思った。だが、マネージャーは続けた。「大きくお金が動いた要因は、この機械導入による人員削減でしょう。しかし、この急な変化に対応できた要因は、この店のチームワークでした。他店舗との違い…それは、この店の店長はどんな時も、どんな人にも目を見て話すことです。皆さん、パソコンを見ながら従業員と喋っていませんか?忙しいからと、従業員の提案を切り捨てていませんか?この結果は、店長が大切にしてきたものが実った結果だと僕は思います」
 その年の大会は、うちの店舗が優勝した。


それから2年後。
 私はレンタルビデオ店でのアルバイトを辞めると同時に、塾に就職した。塾運営はなかなかに忙しい。しかし、絶対に疲れた雰囲気は出さない。なぜなら、アルバイト講師が話しかけにくくなってしまうからだ。有り難いことに講師たちは私に色々な提案をしてくれる。私は必ず「ありがとう!一緒に考えよう」と言うようにしている。
 私にはどんなに忙しくても忘れてはいけない誇りがある。繋ぐべき想いがある。あの人との思い出に背中を押されて、私は今日も笑っている。


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