親類や友人らに、自分が設計の会社に勤めているというと、設計図を描いているのかと思われる。設計会社にも事務員がいるのだ。説明しても、設計という言葉のイメージが強いのか、話しているうちに、設計士と勘違いされることがしばしばある。
それほど、設計という仕事のイメージは強い。これは門外漢だけでなく、建築を学んだ学生にも言えることだ。
新卒社員の採用関連の仕事もしているが、建築学科の学生でも、設計の仕事に対しては漠然としたイメージしか持てないようだ。建物のデザインをするのが設計と思っている。
設計とは、建物をデザインするころだけではない。実際の建物は、外観デザインだけでは建たないのだ。土台となる基礎や鉄骨の組み立て、壁となるコンクリートの厚さなど細かく数値を決めなくてはいけない。細かい例では、トイレなどに使われるタイルである。どんな大きさのタイルを何ミリの目地の幅で貼るのか、すべて図面化しなくては工事は進まない。
私も、この仕事を始めるまでは、タイルなんて適当な枚数を現場で適当に並べて貼っていくのだろうと思っていた。もちろん個人住宅くらいなら、そういうこともありうる。だが、何十階建てのオフィスビルやマンションやホテルのように、部屋がいくつもある工事だったら、そういう具合にはいかない。
こうした工事に必要な図面を、施工図と呼ぶ。文字通り、施工の際に使われる図面だ。
会社訪問や企業研究に来る学生は、まず施工図というものを知らない。ほとんどの建築学科では、デザインや都市計画のような創造的な授業を行っているからだ。
しかも施工図とは、前述の例のように細かい数値を追いかけるものである。作業も細かくなるし、仕事量は多い。それでいて、建築デザインの仕事のように派手でもなければ、表舞台に立つこともない仕事である。
学生の多くは、デザインや計画的な仕事を希望するので、会社概要を聞いて辞退するケースも多い。いうまでもなく「縁の下の力持ち」的な仕事ではあるが、建設工事には欠かせない業務なのである。関心や職種の希望は人それぞれだから仕方がない。しかし施工図という仕事の存在すら知られていないのは残念なことである。建物の仕様や各部の寸法を決めるという仕事は、想像されたイメージに具体的な肉付けをして、現実の存在として地面に建たしめることである。いわば絵に描いた餅を、食べられる餅にする仕事なのだ。ある意味では、デザインや計画よりも創造性に富んだ仕事ともいえる。
このように施工図とは設計分野のひとつであるが、あまり世間にはなじみのない仕事である。それを学生への会社説明や企業訪問の機会を通じて少しでも広めていくのが、私が実現したい仕事の夢である。
なぜなら、こうした仕事は建築の世界にだけあるのではない。どんな仕事であっても、企画や構想だけでは何もできない。ひとつの仕事を完成させるためには、いくつもの細かい作業があって、それに係わりやり遂げる人間がいる。
このエッセイ募集事業にしても、企画立案をする人や審査員のように表立って仕事をする人ばかりで成り立っているのではない。実行に必要な日数や作業に必要な人手や予算を計算する人、過去の応募者に案内状を出す人や、電子メールで届いた応募作品の印刷をしたり整理や確認などの実務作業をする人がいて成り立っているはずだ。
そういうことがわかって初めて、仕事や社会が大勢の人間の係わり合いの上に成り立つことが理解できる。そして各々の仕事で全力を尽くすことができるはずだからである。
どんな小さな仕事も、大きな仕事の必要不可欠のパーツであることを分かってほしい。私が実現したい仕事の夢の目標である。