【 入 選 】
小学校の文集に、私は将来アイドルになりたいと書いていた。そして中学校の文集には、保育士さんと記している。いつからだろう。「将来の夢」が、「将来就きたい職業」に変わったのは。
そして現在、私はアイドルにも保育士にもならず、日がな一日パソコンに向い数字の羅列を処理している。給与を頂いても、何の感慨もなく明細を眺める自分がいる。
ある休日、ボランティアに誘われた。図書館で絵本の読み聞かせをする活動だった。働いたら賃金を頂くことが当たり前だった私に、無償の奉仕は新鮮に思え、参加した。
数名の児童に紙芝居を読んだ。裸足のまま走り出す子も、一度も前を向かない子もいた。そんな中、声の抑揚に合わせてよく笑ってくれる女の子がいた。嬉しくなりその子の目を見たが、一向に視線は合わなかった。
「あの子、視覚障害があるの。でも人見知りしない良い子よ」
先輩スタッフにそう説明された。緊張はあったが、感想を聞きたくて声を掛けた。
「紙芝居、どうだった?」
面白かった!と明るい声が返ってきてほっとする。えっちゃんというその女の子は、先輩の助言通り人懐っこく、初対面の私に色んな話をしてくれた。好きな本の話、昨日の夕食の話、家族旅行の話。
「お姉さんの仕事は、紙芝居を読むことなん?」
「ううん。仕事は別にあるよ。会社でパソコン打ってるよ」
「じゃあ、お姉さんは普通の二倍世の中の役に立ってるんやね!」
想定外の言葉に面食らった。日々の仕事は単調だし、ボランティアは始めたばかりだ。こんな私でも、世の中の役に立っているのだろうか。
「えっちゃんの将来の夢は何?」
この位の年頃はアイドルになりたかったな、そんな事を思いながら訊ねた。
「働くこと!」
迷いのない返事に、しばし戸惑った。花屋やケーキ屋といった、いかにも女児らしい答えが返ってくるものだと思っていた。
「視力のいる仕事はできないけどね」
えっちゃんは屈託なく笑ったが、配慮に欠けた質問をした自分を悔む。
「マッサージ師にもなりたいし、パソコンの仕事もしてみたいな。最近のパソコンは音が出るから私でもできるんよ」
やりたい仕事を、指を折って数えるえっちゃんの瞳は、キラキラと輝いていた。
三度目のボランティアで、えっちゃんと再会した。声を掛けると覚えてくれていた。
「お姉さん、今日も働いてえらいね。私も早く働きたいなぁ」
その日もえっちゃんは仕事の話ばかりしていた。私に対しても「遊んで」や「本を読んで」というリクエストではなく、職場やパソコンの話を聞きたがる。
「どうしてそんなに働きたいん」
「早く、誰かの役に立ちたいんよ」
私はみんなに迷惑ばかりかけるから。えっちゃんが消え入りそうな声でそう言うので、そんなことない、とつい大きな声を出してしまった。
「迷惑ばかり、なんて言わないで」
えっちゃんの、何度も擦りむいたであろう傷の重なる膝を見て、涙が出そうになった。
「私は、えっちゃんのおかげで単純な仕事も意味があるって思えたよ」
きょとんとこちらを見るえっちゃんの手を握る。
「えっちゃんは、私の役に立ってくれたんよ」
ありがとうと言うと、やっと感謝が伝わったのかえっちゃんは笑った。今までで一番嬉しそうな笑顔だった。
「どういたしまして」
えっちゃんが私の手を握り返す。その瞳に私は映らなくとも、限りない未来が見えているのだろうと思った。
翌日、いつものように職場へ向う足取りが、心なしか軽かった。デスクの前でえっちゃんの笑顔を思い出すと、数字の羅列がキラキラ輝き始めた。不思議なことに、退屈だった作業にも責任感を持つようになった。
「お姉さんは、世の中の役に立ってるんやね」
えっちゃんの言葉が、私の仕事に対する姿勢を変えたのだろう。労働の価値は、賃金を得る事だけではない。社会に貢献した証を得る事でもあるのだ。
アイドルにも保育士にもならなかった私は、今日もキーボードを叩く。十本の指に小さな夢を乗せて。