【 佳 作 】

【テーマ:仕事・職場・転職から学んだこと】
新人上司をきっかけに
群馬県 小川香織 26歳

私は若干慣れていた。入社して2年。業務内容も人間関係にも慣れていた。ミスを擦れつけあい原因を曖昧にする人たちにも、自分でできる仕事を人に依頼する営業員にも。全てに慣れ、気持ちがダレていた。そんな折、新人のお姉様が私の上司となった。お姉様は8年間営業の第一線で活躍し、念願の事務職に異動してきた。上司といっても事務経験はないので私が教えることになった。桜の蕾もまだ固い去年の春のことだ。そして奇跡的に保っていた均衡が崩れ始めたのもこのころだった。

同じ会社であっても営業職と事務職では仕事内容が全く異なる。新たに仕事を覚える労力かキャリアはあっても仕事ができない心労か、お姉様はみるみる痩せやつれていった。部署としても新人を抱え、もともと人手不足だったこともあり業務時間内には終わらず何カ月も夜遅くまで残業が続いた。私も通常業務に加え、お姉様のお世話で入社時より10Kg痩せた。

やってもやっても終わらない仕事。増えるミス。遠慮なしに依頼をしてくる営業員。なぜ私がこのような目にあわなければならないのかと荒んでいった。どうにも首が回らなくなり私は営業員の依頼を断るようになった。その分お姉様への依頼が増えたが、そのことでお姉様が私に何か言うことはなかった。

朝礼時に順番でスピーチをする風習がある。その日はお姉様の順番だった。お姉様は営業職から事務職に異動になったことを話しはじめた。念願だった異動とはいえ、終わりの見えない仕事、新たに増える依頼などでうんざりしているのではないか。きっと異動したことを後悔しているという意味で「大変」と言うに決まっているとお姉様の結論を勝手に推察した。しかしお姉様は「楽しい」と語った。営業職での経験を活かして事務職で営業員のサポートをしたい。それが私の夢だと。お姉様の演説は転職した当初の気持ちを思い出させた。私も以前は別の会社で営業をしていた。長く働ける仕事を求め事務職の募集があった今の会社に転職した。採用時、支店長は「営業員と事務員の架け橋になってほしい」と営業経験のある私を雇った。その期待に応えたいと思い、がむしゃらに仕事をこなしてきた。そして常に一所懸命だった。たくさんミスをしてたくさん怒られたが、仕事を覚え一人で処理できる範囲が広がったことや、どんどん成長していく自分を日々実感し、とても楽しかった。お姉様の演説後、私ももう一度楽しい仕事をしようと思った。

その日から営業員からの問い合わせをリストアップし、マニュアル化していった。そもそも私が営業員の依頼を断わっていたのは自分で処理できる内容だったからだ。それではなぜそれをしないのか。教えても忘れてしまうからだ。よって、忘れても処理できるようにマニュアルを作成した。それを共通のフォルダに保存し、誰でも閲覧できるようにした。さらに「なぜ」その処理をしなければならいないのかを徹底的に教育した。処理方法だけだと忘れてしまうが中身を説明することで点と点が線になり理解を深めた。反感も買ったが、結局自分で覚えて処理する方が早いと分かると徐々に浸透し、営業員からの依頼が減っていった。営業員のマニュアルを作成すると自分のマニュアルもほしくなり、私自身理解できていない部分を見直すきっかけにもなった。それにより以前の忙しい雰囲気はなくなり、業務がスリム化されたように感じる。達成したい目標、改善したい問題があり、そのためにひたすら努力することは、とても充実して楽しかった。以前は自身の成長を糧としてきたが、これからは拠点全体を成長させることがやりがいになっている。

それからお姉様は目を見張る早さで成長を遂げ、本当の意味で上司となった。私は相変わらず営業員からの依頼を断る。そうすると営業員は依頼内容を変える。「処理の仕方を教えてください」と。セミの鳴き声もまだ耳に心地よい入社3年目の初夏のこと。

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