【 佳 作 】
文月の京都は祇園祭一色。夜風がコンコンチキチンの音色を運んできた。
コンビニにとって最も忙しくなるこの季節、従業員の確保や店頭販売の準備など、店長としての仕事に追われていた。人がいなければ自分で穴を埋めるため、休みのない熱い戦いの夏が始まったところだった。
夕方、それは売り場に商品を陳列しているときのこと。
周囲を気にしながら店内をうろつく人影があった。不審に思い様子を伺っていると、陳列されたおにぎりを2つ懐に入れるのが見えた。店外へ出たその肩に用心しながら手をかける。次の瞬間、「すみませんでした。」と中年の男が頭を下げた。店へ戻り話を聞くことにした。
「お金は?」「ないです」
「家族は?」「ないです」
「住所は?」「ないです。1年前、リストラで職を失いました。その後、奥さんに捨てられ家もありません」
「生活はどうやって?」
「市役所で昼におにぎりと水を貰っています。でも腹が減って我慢できませんでした。すみませんでした」
格好とその目から察するに、嘘とは思えなかった。どうやら複雑な理由があるようだ。しかし、窃盗は窃盗。厳しく注意した。
私はなぜ働かないのか尋ねた。
「住所がないので、それに50歳じゃどこも相手にしてくれません。もう毎日を生きるだけで…」その声からは諦めばかりか、死の覚悟さえも感じ取れた。
おせっかいなのは十分承知であったが、手を差し伸べずにはいられなくなった。
「笑顔で働く従業員たちを見てください。彼らもすべてが順調なわけではありません。父親が亡くなって母子家庭を支えるために働いているメンバー、中学卒業後しばらくふらふらした後に改心して今ではこの店のリーダーになっているメンバー、昔からの夢だった助産師になるため35歳になってから大学と子育てとアルバイトを並立しているメンバー、みんな大変だけど誠実にあの通り元気に働いています。うつむいてたらあんな素敵な笑顔も見逃してしまいますよ。前を向いて進む意志があれば、いつかきっと晴れて綺麗な虹が現れるはずです。まだやれることはいっぱいあります。諦めないで頑張って努力して、それでもダメだったら、この店の採用試験を受けに来てください」
偉そうに言ってしまったが、本気でもう一度頑張ってほしいと思った私の心の底から出た言葉だった。
顔を上げ、頬を伝う涙を気にすることなく、男は私に再出発を誓ってくれた。
山々もすっかり白くなり、街にクリスマスソングが流れるようになった。サンタの格好に身を包み店頭で声を張る。一年ももう終わろうとしていた。
そこに突然、あの男が現れた。
「にぎり飯代を返しに来ました」
手には300円が握られていた。
返す言葉を探していると、「秋から住み込みの仕事をさせていただいています」と続いた。私は嬉しくなって大声を出した。「本当ですか!心配していたんです。良かったですね!」と。
「店長さんに励まされてから、勇気を出して職業紹介所に行きました。運良く仕事が見つかりまして、働き始めてやっと人間らしい生活に戻りました。お陰さまでありがとうございます」
深く長いお辞儀の後、握手を交わすと男は去って行った。その背中は逞しく半年前とは別人だった。最高のクリスマスプレゼントを届けてくれた。
どんなときでも、何をやっていても困難はつきもの。とてつもない大きな壁にぶつかって心のエンジンが止まりかかっても、前を向くことだけは忘れてはいけない。そこで踏ん張ることが人を大きく成長させてくれるのだ。