【 佳 作 】
看護師として働き始め10年目になり、これまで様々な患者様と出会いました。その中には癌などの悪性疾患で治療の甲斐なく亡くなられた方も多く、看護師として忘れられない患者様もいました。
現在の医療現場では、インフォームドコンセントが重要とされています。個々の患者様の心身の状態や、家族の強い意向などにより、説明の時期や内容を制限する場合もありますが、基本的には患者様本人へ説明をします。例えば、治療の手だてがないことや、予後の告知など厳しい状況の説明も含まれています。命の期限が迫っている患者様、そしてそのことを自分自身で理解されている患者様を看護していくことは、看護師自身の心情も辛く、どうにもならない病状に悔しい気持ちになります。
私が急性期病院で経験したのは、病状が日単位で悪化し、穏やかに最期の日々を過ごすことは困難なケース、思いがけず厳しい病状に直面し、患者様自身や家族も状況を受け入れられないケースがとても多かったように思います。またホスピス等と異なり、急性期病院の性質上、時間をゆっくりかけるケアや落ち着いた静かな環境を提供するには限られる面もあります。
その中で、患者様の苦痛がすこしでも軽減できるように、なんとか希望に沿えることはないか模索しながら、日々関わっていました。患者様の希望が強ければ、病状が許す範囲で、数時間の帰宅や一晩の外泊を計画したり、急ピッチで在宅医や訪問看護等と調整し、家族に必要な医療処置を習得してもらい、在宅での看取りへ進めることもありました。「今日」を逃せばもうチャンスがないという状況のなかで、たとえ体に負担があったとしても、多少無理かもしれないと感じたとしても、患者様や家族がどんなふうにその時間を過ごせるか、そこを支えることが重要なケースが現実にあります。
そんな厳しい状況の中でも、患者様たちが、ふと「やりたいこと」について、希望の想いを話してくれることがありました。
「お父さん(夫)にお味噌汁を作ってあげたい」
「庭の植木の手入れがしたいな」
「家族と一緒にテレビをみてアハハと笑いたい」
自分の病状が分かっていて、家族に迷惑をかけたくないなどの気持ちから、要望を多く言われる方はあまりいませんが、そんな中で私が聞いたのはどれも、とてもささやかなことでした。人が最期に願う、叶わないかもしれないその希望の想いは、その方が過ごしてきた人生の日常の中にあるありふれたことなのかもしれません。しかし、その時の私には、患者様が話してくれた小さな想いが、儚いけれど、とてもキラキラしていて、守るべき大切なものに感じました。
そんな想いに関わっていく仕事の厳しさと尊さを同時に教えられました。自分の命を懸命に生きている患者様が教えてくれた大切な想い。そこに寄り添い、支えていける一人の看護師になれるよう、これからも努力していきたいと思います。
厳しい状況の中でも、ささやかな大切な想いを話してくれた時の、患者様のやさしい笑顔も忘れずに・・・。