【 努力賞 】
【テーマ:仕事・職場・転職から学んだこと】
わたしの仕事
東京都 今村明子 30歳

従業員用売場出入口の前で足がすくむ。
一歩前へ進むことの出来ないまま、8センチヒールのサンダルと赤い爪を見つめながら静止する。

昨年の夏、わたしは仕事に対してすっかり心を閉ざしてしまった。
2007年に新卒で入社した会社はアパレル会社。入社してすぐ百貨店の婦人服売り場に販売職として配属された。
就職したての頃、年末年始も休めないこの仕事が嫌で嫌で仕方がなく辞めることばかり考えていた。
しかし、気がつけば6年後には店長になっていた。全てが嫌だった訳ではない。やり甲斐もあったからだ。
月末の棚卸しがぴったり合ったときの気持ち良さ、福袋が完売したときの達成感、何よりも豊かで素敵なお客様との出会い…

しかし店長になってからは予算を達成することがすべてになった。日々の売上げ、週の売上げ、そして月の売上げ。当たり前だが売れるときもあれば売れないときもある。
まだ店長になりたてのわたしには余裕もないし経験もない。毎日、閉店後にひとり、売り場が消灯するまで残っていた。
何をすればいいのかわからないから、売上げを細かく分析してみたり商品陳列のレイアウトやVPを変えてみたりした。でもそれで売れるようになるのかはわからない。

1年弱経った頃、仕事に行くのが辛いと思うようになった。これまでにもあった、気まぐれな仕事イヤイヤ病よりずっと重かった。あの華やかな婦人服売り場への一歩がなかなか踏み出せなくなってしまったのだ。

8月の初め、私宛の1通のハガキが届いた。長くお付き合いさせて頂いてるお客様からだった。
向日葵の描かれた鳩居堂のハガキにはお習字を習っていらっしゃるお客様の美しい文字が並んでいた。
ハガキを読みながら涙がこぼれた。

「先日、お会いした瞬間、今村さんは私が着ているワンピースをほめてくださいましたが、あの一言が言えるあなたはとても素晴らしい方ですよ!ほとんどの方は自社のものを着ていればほめる位です。バランスのとれた目で見られるということはその人の信用が高まる根源で、そういう方と関わりがもてることを嬉しく思いました」

売上げのことばかり考えていたわたしにとって一番大切なことを思い出させていただいた瞬間だった。
その日、わたしはお客様がお召しになっていた他のブランドのワンピースを見て盛夏にさわやかで素敵だと思い、そのままお伝えさせていただいたのだ。なんのことはない素直な気持ちだったがここのところ忘れていた感覚だ。
売上げ目標を達成するためにはただガムシャラに売ればいいわけではない。お客様を引き込むレイアウトや販売促進計画も必要だ。
でもそれよりももっと大切なことがあった。
お客様にもわたしにもそれぞれの感性や心があるのだ。だから丁寧な日々の接客がお客様との信頼関係を生む。そうしてコツコツと顧客を増やしていくことが自然と売上げにつながっていくのだ。

わたしの仕事ってなんだろう。
小売業だから売ってなんぼの世界。今はオンラインショップや通販が大きいシェアを持っている時代だ。
今時、わざわざ店を開いて接客するメリットってあるのだろうか。鬱々とした頭の中はこんなことばかり考えていた。
ハガキをいただいてやっとわかったこと。接客しなければお客様との血の通った交わりは生まれない。人は人から買うのだから。だからわたしは接客する。ふられてもふられても素直で本気にお客様のことを考えて。それがわたしの仕事だ。

今では売場出入口を笑顔でさっさと通り過ぎている。

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