【佳作】
「ドッ、ドイツの方が来社されるのですか?」
お客様のお客様のドイツの方が監査のため来社されることになった。
私の勤める会社は、お客様からの依頼を受けて自動車部品や住設機器を製造する中小企業で、今年で60周年を迎えた。
その会社で私は事務職として10数年勤務している。伝票処理などの事務処理、お客様来社の際の湯茶対応などが主な仕事だ。
技術系の会社となると、どことなく文系の人間には肩身が狭い。理系出身の技術者たちの“自分にしかできない仕事”ぶりを見る度に、私のしていることは誰にでもできる替えの利く仕事なのではないかと自信が持てず、自分の居場所が分からなかった。
こんな兵庫の片田舎の会社に、ドイツ人が来られるなんて!
「その時の湯茶対応をお願いしたいんや、2回」
営業部門からの依頼。
「ドイツ人って何を飲まれるの?」ドイツビールが頭に浮かんだ。いや、昼間のビジネスの場、それは違う。調べるしかない。
2回の湯茶対応、何を出す?来られてすぐは温かいコーヒー。二回目は工場を歩き回られた後だし・・・。
そうだ、季節はクリスマスシーズン。折り紙でサンタクロースを折ってネームカード立にしよう。ネームカードにはドイツ語で来社の感謝のメッセージを入れよう。ドイツ語で何て言うのだろう?おもてなしのアイディアが徐々に浮かんできた。“自分がしてもらったら嬉しいこと”をしてみよう。
でも、私は不安だった。ドイツの方を連れてきてくださったお客様にも、この日のために営業や品質部門が遅くまで準備を行っている姿を見ているからこそ、私のしていることが邪魔にならないかと。おもてなしに明確な答えは無いから。
お客様が帰られた後、営業担当者が駆け寄ってきた。
「サンタの折り紙はドイツへ旅立つから」
「えっ?」
「心のこもったおもてなしに感動されて、持って帰られたよ。ありがとう。あと、あのお水。ドイツのお水を探してきてくれたの?『日本で飲めると思わなかった』って喜ばれていた」
ドイツで飲まれるミネラルウォーターが日本でも手に入ることを知り、探してお出ししていたのだった。
喜んでもらえて嬉しかった。努力して良かったと実感した。ほんの少しのことかもしれない、でも会社の役に立てた。それと同時に、これは私にしかできない仕事なのではないかと気付いた。居場所を見つけた。
その後もインドやタイ、チェコなど自分が行ったことがない国の方が見学に来られ、接する機会を与えてもらえた。私はそんな特別な仕事をさせてもらえる、ありがたい。
それに応えるために創意工夫をした湯茶対応に取り組んだ。また知識を増やすために、サービス接遇検定などおもてなしにつながる資格取得に挑戦した。仕事の幅を広げるのは自分次第だ。
どんな仕事でも嫌なことは必ずある。
給料をもらっているのだから・・・で、片付けられない程の理不尽なことが毎日ある。山のようにある。仕事を辞めたくなる。でも、自分の仕事で誰かに喜んでもらえる時があるから、働ける。それが励みになり、それに救われる。だから私は働く。