【佳作】

人生の授業
栃木県  七井久美子  48歳

私が以前食品会社に務め始めた頃、他の人とは何か違う、ちょっと変わった私より五年先輩の女性がいた。今思えばとても純粋で尊敬したくなる方なのだが、その当時の私には不思議な人という印象だった。その人の名前は松野さん。松野さんは普段あまり目立たずよく見かけた事は、一人黙々と掃除をしている姿だった。別に自分を良く見せようとアピールをしているわけでもなく、どちらかというと、社内に人が居なくなったのを見はからって床をせっせと磨いている。松野さんは特別真面目な人というわけでもなく、いざ話をしてみると案外気さくで、以前思っていた不思議な人という印象は無くなっていた。

ある日松野さんが床を磨いてる所に出くわしたので声をかけてみた。

「いつもお掃除ごくろう様です。私もお手伝いします。」

と言うと少し厳しい顔で私を見て

「ありがとう。ここはお客様には見えない場所だけど、会社の社員やパートさんがこの汚れを見たら、きっと気持ちが乱れていい仕事が出来ないと思うんだよね。みんなが気持ち良く仕事が出来ればお客様にも喜ばれ会社ももっと良くなるんじゃないかなあ。」
と言うと再び磨き始めた。返す言葉は「はい」だけだったが、とても感動した。

ある朝、私の事をあまり良く思っていなかった女上司が私の所に来てまた何を言われるのかとドキドキしていたら

「私が前から気になっていた床の汚れよく落とす事が出来たね、ありがとう。」
と、思わぬ言葉を発してこの場を去った。何の事かと思い近くに居た松野さんを見ると顔を縦に振っている。そういえば以前この女上司の事で相談にのってもらった事がある。きっとこの事を気にかけてくれて、松野さんが汚れを落としたにもかかわず、私がしたと女上司に話をしたのだろう。密かにお礼を言うだけで心の中では深く感謝した。おかげでその後女上司からのきつい言葉を聞かなくなった。

後々考えてみると松野さんは、みんなが笑顔になり良い仕事が出来る環境を自分なりに造ろうとしたのだと思う。この世の中に必要ない仕事など一つもない。どんな地味な仕事でも必要とされているから私たちはお金をもらって働く事が出来る。ただ良い仕事をするのには、人間関係や仕事をする環境を整える事が大切なのだという事を松野さんに気づかされた。

損、得を考えながら仕事をして、たとえ得したとしてもそれは人生の中でほんの一つまみ程度。誰もが持っているその優しい心を惜しみなく捧げ、人に喜ばれる事を追求し続け仕事をしていれば、きっと何かがどこかで実りある方向へ導いてくれるに違いない。

松野さんは私にこんな事を教えてくれた。

「仕事をやらされてると思っちゃだめ。人生の授業を受けさせてもらってると思って!将来全く役に立たない仕事なんて一つもないよ。今の仕事は必ず未来に繋がるから。」

松野さんのこの言葉を今でも忘れず、たとえパートであろうがいくつになっても仕事は人生の授業だと、仕事という名の勉強をし続けている。

現在松野さんは会社の社長である。あまり目立たなかったあの松野さんが今では頂点に立ち、立派に会社と人材を育て続けている。きっと従業員想いの優しい社長だろうなあ。

現在働いている皆様、これから働こうとしている皆様、誰にでもチャンスは必ずあります。すばらしい日本の未来を築き上げていきましょう。私は皆さんを応援し続け、共に頑張り、励んでいきます。

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