【佳作】

【テーマ:仕事をしたり、仕事を探したりして気づいたこと】
必ず道はある
埼玉県  倉井一豊  54歳

その朝、幾名かの同僚と共に会議室に呼ばれた私は、部署廃止を理由に突然リストラされた。隣の同僚は泣き崩れていたが、妻子ありの47歳の私は理不尽だとは思いつつも、人生に必ずあると言われる〈上り坂、下り坂〉に加えたもう一つの〈まさか〉という坂だと自分に言い聞かせ、全てを飲み込み、翌日から就職活動に奔走した。けれど何の特技も資格もない、50歳近い男性なんぞに、自分なりには一生懸命やったつもりだったが、今までのようなデスクワークの仕事が見つかるはずもなく、半年も過ぎた頃、蓄えが減ってきたこともあり、正社員を目指すことを諦め、アルバイトで探すことにした。そこで学生時代のコンビニでのアルバイトを思い出し、スーパーの、しかも時給が高い夜勤の仕事をすることにした。ただいくら似た仕事を経験したからといって、もう25年以上前の話である。運よく採用はされたものの、様々な仕事を覚えるのにそれは苦労した。けれど慣れてくる内に、だんだん面白くなってきたのである。その理由は2つあった。まず1つは、それまでは1日中パソコンとにらめっこする日々だったが、スーパーの仕事中は、体をずっと動かさなければいけないので、勤務終了後、丁度スポーツをやり終え、気持ちいい汗をかいた時と同じような爽快さを感じるようになったのである。小学校から高校までサッカー部に所属していた私は、基本的に体を動かすことは嫌いではなく、サラリーマン時代は、体がなまり、夜の付き合いで突き出てくるお腹をいつも気にしていたが、この仕事で、座りっぱなしから解放されることにより、そんな心配も無用になった。不謹慎ながら、朝帰宅し、缶ビールの最初の一口を喉に流し込んだ瞬間は、真夏のサッカー部の練習後に飲んだ極上の水道水と同じような至福を与えてくれた。そしてもう1つの理由が、厳しかった親に嫌われないようにする為の自己防衛本能だろう、私は幼い頃から、“いつも笑っている”とよく言われた。それが褒め言葉の場合もあるし、「いつも笑っていてバ力みたい」という非難の言葉の場合もあったろう。いずれにしても、その“笑顔”が、スーパーの仕事においては大いに長所になり得たのである。自分でいうのもなんだが、レジ担当時に幾人かのお客さんに「あなたの笑顔いいわね」と言われるようになったのである。人間、褒められて誰も悪い気にならないだろう。それにより益々やる気が出、他の仕事もはかどるという好循環を経験するようになった。あの日、唐突にリストラされた時は、確かに絶望の淵へ叩き落とされたが、それによって今、この歳になり、ようやく自分に合った仕事が見つかった気がしている。しかも発端は自分の意志ではない上、マイナスからの出発であったにもかかわらず、である。ここに人生の面白さ、不思議さを感じる。

もちろん収入は大幅減だが、それを補ってあまりある快適さであり、今後この職場でさらにレベルの高い仕事を目指す意欲もわいている。人間、どこに自分に向いた仕事があるかわからない。正社員でなければ、と自分を縛り続けていたら、この仕事には出会えなかっただろう。世間的にはいわゆる“負け組”かもしれないが、それはあくまで他人の評価であるから、本人は馬耳東風を決め込んでいればこんなに楽しい人生はない。私はこの経験を通し現在の生活の中で3つの諺がいつも頭を巡っている。「人間至る処青山あり」。「捨てる神あれば拾う神あり」。「人間万事塞翁が馬」。昔の人は本当にうまいことを言うもんである。学生時代、受験勉強でさんざん頭に叩き込んだこれらの諺が、今実体験として、私の全身に沁み渡っている。だから若い人達には、与えられた場で一生懸命働くのは当然として、もしそこで苦しく辛い目に遭ったとしても、諦めず落ち込まず、幸せへの道は必ずあると信じて歩を前へ進めてほしいと思う。

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