【佳作】
仕事があるってすばらしい。65歳を過ぎて高齢者の仲間入りをした私から見ると働く人は輝いてみえる。
長野県佐久市で生まれて育ち、幼い頃から働く両親や祖母の姿を見てきた。だから働くのは当たり前、学齢期になると子どもも労働力の一人に数えられるほど仕事はたくさんあった。
昔は養蚕農家として建てられた私の家は、地元の史料編纂誌に載るほど古く珍しい。けれど冬は寒かった。当時は養蚕の他に水稲、そしてりんごの栽培が主な収入源だった。
春になると自宅裏のりんご畑に花が咲く。りんごの花は白くてきれいだ、顔を近づけると、ほんのりりんごのにおいがする。りんごは食べるとおいしいのだけれど、とても手がかかる作物だ。花が咲けば受粉作業をしなければならない、耳かきのような形の、後ろについているふわふわの大きいので、花の一つ一つに花粉をつける。父がよく笑いながらミツバチになった気分だと言っていた。そして花摘みと言って、いらない花を摘んでしまう。花びらが散って、小さな実になれば、余計な実は摘んでしまう。子供もしっかりお手伝いの数に数えられる。
夏休み、汗だくになってりんごの木の下の雑草を刈る。しっかり根を張っている雑草を取り除くには体力がいる。そしてすぐに成長するので、この時期は夏草との闘いの日々だった。
秋は楽しい収穫の時、りんごはおいしいけれど忙しい。父や母が枝からもいだりんごを、かごから木箱に詰める。そーっと、そーっとしないとりんごが傷つくから、細心の注意が必要だ。この時期は日暮れが早い。もう真っ暗なのに、まだ仕事が終わらない。
そして冬。不要に伸びたりんごの枝を父が切り落とす。子どもの私達はそれらを拾い集めて一か所に集める。りんご畑には雪が積もり、寒い北風がぴゅーぴゅーと、耳のそばで音を立てて吹いて行く。父が枝を燃やして掘りごたつ用の炭を作る。
りんごの仕事はこの他にも、数え上げたらきりがない。
先日海外に住む妹が帰国したので、ふるさとの古くて大きな田舎家を、久しぶりに訪ねてみた。父も母ももういないが、数年前に定年退職して実家に戻った兄が迎えてくれた。3人で思い出を語る
「あのあたりに牛小屋があったよね。」「あったあった、その後ろは豚小屋だった。」
「ウサギやニワトリも飼っていたよね。」
「うん、犬も猫もいた。」
「うちの親ってさ、意外に仲良しだったよね。」
「養蚕の他に農作業で大変だったのに、お母さんいつもニコニコしてたよね。」
「お父さんだってそうだった。」
大変だったけれど、輝くような日々を両親からいただいたと感謝する。
「よく働いたねお父さんお母さん、そして私たちも。」