【佳作】

【テーマ:仕事をしたり、仕事を探したりして気づいたこと】
挑戦することの大切さ痛感
愛知県  松下智治  70歳

平成20年3月末に教員を定年退職するまでの私は、グラウンドでの運動会の練習で半日、陽光に当たれば、疲れが残って翌日の仕事に差し障えることがありました。一方、草刈り機で校庭の草を刈るのは1日に2時間が限度で、体力のある体とはほど遠いものでした。こんな私が、選んだ第二の仕事は、長年の夢であった庭師です。

再任用を断り、その年の4月から樹木の剪定や育て方を学ぶために愛知県高等技術専門校造園科へ入校しました。待っていたのは疲れとの戦いでした。授業が終わるとぐったりして、家に帰れば風呂に入り、夕食を食べるのが精一杯で、何もせずに寝てしまう日々が続きました。しかし、先生が私達の様子を見ながら、休息を適宜とってくれ、また、仲間と励まし合い、協力して取り組んだことで、乗り切ることができました。10月になり、暑さが和らぐと、脚立に乗っての剪定が続いても体がえらいと思うことはなくなりました。四季折々の変化を肌で感じながら歩くのが好きな私は、4キロほどにある専門校まで歩いて行くようになったのです。そして、1年後の修了式を迎える頃には、自分でもびっくりするほどの体力がつきました。

その後の4年間は、近くの動植物公園で働きました。そこも退職して、今は知人などに頼まれると、ボランティアでマツなどの剪定をしています。5月下旬から3日間かけては、知人宅のゴヨウマツ、イヌマキ、ロウバイなどを剪定しました。朝、8時15分から始めて、昼の休憩は45分、10時と3時の休息は10分ほどで切り上げ、6時過ぎまで働いても、翌日に疲れを持ち越すことはありませんでした。うれしいことに剪定の仕事は、体を使うだけではなく、頭を働かせ、緑と関わるので、心身の健康に役立つのは間違いないことです。喜ばれ、謝礼までいただけることも多いので、今では私の生きがいとなっています。夢を実現させたい一心で決めただけなので、続けられる自信はありませんでしたが、人間の体はよくできています。やりたいと強く思い、努力をすればできることがわかりました。

平成23年1月からは、地域の人に人権について関心をもってもらえるような啓発活動や人権相談を行う人権擁護委員を引き受けました。先日、市内の中学校で、「自分の携帯電話を持つ権利」「必要な食べ物や水が得られる権利」など10項目の権利を積んだ熱気球で空を飛び、権利を捨てないと海に落ち、サメやワニに食べられるという設定で人権の授業を行いました。授業の振り返りで「人によって違う考え方を持っている。それぞれの考えを大切にしたい。いじめを見たら誰かに相談したい」と書いてくれた子どもがいました。

一方、私は野菜を育てたことは一度もありませんが、知人の「簡単にできる」という話を聞き、4年程前から自宅から100メートル弱にある30坪ほどの家庭菜園で、テレビ番組を参考に、ジャガイモ、サトイモ、オクラ、ラッカセイ、エンドウなど20種類ほどの野菜を育てています。今はナス、ピーマン、ミニトマトなどは買わずに済んでいます。妻には無農薬で新鮮な野菜が食べられると好評です。サツマイモ、タマネギ、ダイコンなどは食べきれず、隣近所や知人にお裾分けして喜ばれ、お礼にメロン、リンゴ、カキなどをいただきました。

退職後も元気な生活を送るためには、「今日すべき用事『今日、用(キョウヨウ〉』がある」と、「今日行くべきところ『今日行く(キョウイク)』がある」が大切だと言われます。私は、昨年1年間で庭師の仕事を約40日、人権擁護委員に関わる用事で出掛けたのは約80日、家庭菜園へは暇があれば見に行っています。また、今回のような小論文や新聞への投稿をしたり、旅行へ出掛けたり、ギターの練習をしたりと、趣味も楽しんでいるので、「キョウヨウ」「キョウイク」を考える必要はありません。これも退職後にやれることを意識的に増やしたからできることです。何歳になっても挑戦することの大切さを痛感しています。

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