【努力賞】
【テーマ:仕事をしたり、仕事を探したりして気づいたこと】
法定雇用率の引き上げに思う
大分県  江野尻悦子  61歳

40年前のことである。足を引きずるようにして歩く女性が、ファイルの整理をしていた。当時、私は証券会社に勤務していた。ほとんどの女性社員が新卒で働き始めている中、彼女は同じ制服ではあったが、かなり年上に見えた。誰と話すでもなく、彼女は黙々と与えられた仕事をこなしていた。それから程なくして彼女は来なくなった。今でも彼女の顔や立ち姿が、鮮明に蘇ってくる。彼女と言葉を交わせばよかったと思う苦い後悔の念と共に蘇る。

昭和51年、身体障がい者を対象とする雇用率制度が創設された。企業や役所は障がい者を決められた割合雇用しなければならない。当初、この法定雇用率は1.5%だった。彼女はこの制度によって始めて雇用された人だったのだろう。

それから知的障がい者が対象に加わり、来年度からは精神障がい者がさらに加わり、暫定的であるが企業の法定雇用率は2.3%に引き上げられることが決まった。40年前と違い、障がい者の方々の社会進出は目覚ましく、受け入れ側の理解も進んできている。40年前のあの彼女が、今雇用されていたら、孤独を味わうこともなく、長く働き続けていたかもしれない。障がいがあってもなくても、同じ会社で働く仲間に違いなかった。双方が見えない壁を作っていたのは否めない。残念でしょうがない。

私は今、学校現場でスクールソーシャルワーカーとして働いている。生徒児童の中には、集団生活に馴染めない人も多く見られる。じっと椅子に座っていることが苦手な子、音をたてたり、手遊びしたりして落ち着かない子。個性豊かな子どもたちが沢山いる。

「大きくなったら何になりたいですか」この問いかけに、笑顔で「ケーキ屋さん」「ユーチューバー」「スポーツ選手」「アイドル」「公務員」などなど答えてくれる児童がいる反面、「分からない」と答える児童もいる。将来の夢が見えてこない児童の何人かは、強い特性を持ち、集団行動が苦手な子である。同じ行動が取れずに、何かと注意をされ、自信を失っているのかもしれない。特別支援学級がどの学校にも配置されている。配慮の必要な児童生徒は、自身の特性と向き合っている。

将来、法定雇用率の枠の中で就職を決めていく人もいるだろう。自分のなりたかった職業とは違う職業につかなければならない人もいるだろう。全員が社会の一員として活躍の場を見出してほしい。皆が職場から受け入れられ、孤独な思いをする人が誰一人出ないでほしい。

40年前の彼女の寂し気な立ち姿を思い出すたび、今、目の前にいる児童生徒に私のできる限りのことをしていきたいと、心を新たにしている。

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