【公益財団法人勤労青少年躍進会理事長賞】

ワークスマイルバランス!
福岡県  くんくん  30歳

「こんにちは。元気ですか?」と、スマイル。

「こんにちは。はい、元気です。」と、スマイル。

これは、職場での日常会話である。私は、産業医をしている。

産業医として勤労者との会話で気をつけているのは、「表情」である。「こんにちは」という言葉のやり取りと同じように、私のスマイルに、勤労者がスマイルで答えてくれることを大切にしている。自然なやり取りの中の些細なことであるが、スマイルを返してくれる勤労者は、概ね元気だ。この職場は、法定雇用率を大きく上回る障害者雇用を行っている。障害者の雇用は、本人と会社の関係を調整するだけでは、継続が難しい。障害者と健常者が隔たりなく働くには、現場の工夫や、周囲の思いやりが必要である。言語・非言語どちらのコミュニケーションにも工夫があり、配布物や掲示物、安全標識などの読みやすさ、分かりやすさに思いやりを感じる。そうした工夫や思いやりを大切にする風土から、この職場は、加重労働対策の取り組みとして残業時間の抑制にも成功している。

さて、なぜ、私がスマイルを重視するか、それは、ワークスマイルバランスという考えを持つからである。私が提唱するワークスマイルバランスとは、働くことが笑顔に繋がること、笑顔でいることが働くことにプラスになるような関係である。かつてより、ワークライフバランスを推奨してきた。仕事は、大切な生活を削り没頭するものでは無い。つまり、仕事は人生の一部であり、勤労者にとっては仕事と生活はつながっている。仕事と生活の相互関係をポジティブに捉えられるように、仕事で得たスキルや情報を生活に役立てること、生活での気づきを仕事に役立てることを推奨している。例えば、買い物に行った時に良いと感じたサービスを、仕事でも心がけること、仕事で身につけた丁寧な話し方を、家族や恋人とのコミュニケーションでも実行してみるということなどである。専門的な表現をすれば、二つの事柄の関係性をスピルオーバー仮説といい、ポジティブスピルオーバーな関係を作る心がけを推奨しているのである。これにより、仕事や生活の愚痴が減り、本人や周囲が余計なストレスを感じないようになっていく。

表情は、伝染する。ワークライフバランスに加え、ワークスマイルバランスを提唱するきっかけになったのは、ある勤労者との面談である。その面談は、乳がんを宣告され、治療のため休職を予定する方との産業医面談であった。

「私、仕事にもう戻ってこれないような、社会から取り残されていく気がして。」

彼女は、長く勤めるパート社員であった。面談では、泣いていた。

「仕事のことを大切に思われているんですね。あなたの治療、そして仕事に戻ってくることを私は支援しますよ。」

がんと診断された方のうち、三人に一人程度は、離職するというデータがある。私は、彼女の孤独感を解消したかった。休職中は治療に専念され、数ヶ月後、副作用で髪の毛が抜けたためにニット帽をかぶった状態で、会社に挨拶に来られた。

「おう、元気にしてる?久しぶりやね。」

事業場長は、にこやかに声をかけた。

「はい、◯◯さん、お久しぶりです。」

彼女は、にこやかに笑った。

個室に移ると、治療後の将来についての悩みを打ち明け、涙を流された。人は、心にどんなことを抱えていても、先ににこやかな表情で接されると、自然とにこやかになるものである。

「◯◯さんにあったら、なんだか久しぶりに笑った気がして、さみしくなくなった気がします。私、仕事に戻らせてもらえないでしょうか。」

彼女は、前向きだった。働く人の心にどんな悩みがあるかは、人には見えない。彼女の孤独を解消したのは、仕事仲間のにこやかな声かけだった。私は、笑顔が人間の人生を前向きにすることを確信した。

働くことと笑顔が、ポジティブスピルオーバーとなるよう、ワークスマイルバランスを提唱していきたい。

戻る