【佳作】
独身のころは、いつも短期バイトやイベントスタッフなどの仕事ばかりしていた。
そもそもひとつの仕事を長く続ける気がなかったのだ。
私は当時とってもアホだったので、結婚したら養ってもらう気マンマンだった。30歳で結婚して専業主婦をしていたが半年ぐらい経つといよいよ夫が「いい加減に働いてよ!」と罵りはじめた。
「えー…。わかった。」うやむやな返事をしながら、内心は困ったなぁとおもっていた。家で求人誌とにらめっこしていると、大学時代の親友から久々に逢わないかと連絡があった。
彼女は妊娠していた。やっと授かった2人目なのだという。
「おめでとう!」私は素直によろこんだ。
「ありがとう。それでね…」
彼女はお願いモードになって続けた。「もしよければ、うちの仕事を手伝ってほしいんやけど。丸つけるだけやし。どうかなぁ。」
な、なんと!くわしくきけば、彼女は結婚して旦那さん家族と塾を経営していて手が足りないらしい。
毎日溜まっていく生徒たちの宿題の丸付けをしてほしいというものだった。バイトは私だけで、ややこしい人間関係もなく、ほとんど話さずに作業するだけ。
「あっ、やります。」
すっとんきょうな声で素早く答え、カフェの椅子に座ったまま深々と親友にお辞儀した。
あたらしい職場は彼女の自宅の一部だった。家を改装した結構広いスペースに、学校みたいに机とイスがずらりと置いてある。授業の数分前になると、鼓膜の破れそうな声で小学校低学年〜高学年ぐらいの生徒たちがバタバタと駆け込んでくる。90分×2コマの授業中、彼女が先生をして、私はクラスの端っこで大きなスーパーのカゴ(!)に山盛りに入った宿題を黙々と丸付けする。できたらそれを決まった棚に戻しておわり。
こっそり打ち明けると、私は子どもが苦手だった。まぁ職場で私は丸付けするだけだし子どもとは話さないし、大丈夫、大丈夫。
とおもっていたが、そうはいかなかった。仕事も半年も続けると慣れてきて、あんなに大量の宿題の山も時間内にスイスイとやり終えることができるようになってしまった。
「あのぉ。この時間、何かできることあるかな。」
私は恐る恐る、二児の母親になりさらに貫禄の増した彼女にきいてみた。
「あっ。そしたら授業中にその場の低学年の子たちの丸付けしてくれるかな?時給50円アップするよ。」
おお!50円は大きい!じゃあ、とまたしても即やることを決めた。
まっすぐな瞳。小さな手足。私がこわいのか、みんな揃って怯えるようにノートを差し出し、終わるとさっと無言で受け取り席へと帰っていく。
ががーん。最初は傷ついたが、これも仕事と自分を立て直す。週に4日もこんなことをしていたら、私のこころに少しずつ変化があった。
宿題の丸付けをしているあいだに、子どもたちの髪飾りや服の柄などを盗み見ておいて(失礼)丸付けにやってきたときに「それ、可愛いね。」「Tシャツの恐竜さん、かっこいいね。」などと褒めることをやってみた。最初はこわがっていた子どもたちも、少しずつ私の前でも笑ったりはしゃぐようになってきた。やっと好きな人と会話できたような感覚で、なんだかそれがとてもうれしかった。
仕事ってすごいなぁ、続けることで苦手だったものが好きになったり思いもよらないあたらしい発見があったりするんだなぁ、とおもった。
今までずっと短期や単発ばかりで働いてきた私にとって、ひとつの仕事を責任持って長く続けたことはこれがはじめてかもしれないと自画自賛した。
あっという間に、あのとき彼女のお腹にいた天使が運んできてくれた仕事を続けて丸1年になる。
私に仕事を運んできただけでなく、産前産後の母親への負担も減らし、自分も無事に産まれてきた、なかなかの大天使である。
あなたのもとにも、こんな天使がぜひ舞い降りますように。
終