幼い頃から、本を読むのが好きだった。
絵本や漫画、小説の中で、自分が経験することのできない人生を歩むことができるからだ。
異国の青年になったり、動物になったり、乗り物や自然として世界を見つめる事で、広すぎるほど視野が広がっていく。
そうして、本に囲まれ育ったせいか、私はフィクションの様な人生に憧れるようになった。
平々凡々などクソ喰らえ!ドラマのような恋をして、波乱万丈に生きるのだ!と本気で願っていた。
従って、仕事を選ぶ際にも同様の欲が生まれた。
常にめまぐるしく、毎日が新鮮であるような仕事はないか、それだけを理由に仕事を探し、人との関わり合いが一番のドラマであろう、と接客業を選んだ。
今思えば「なんて無茶苦茶な考え方だ!」と、我ながら思うが、きっかけは全てにおいて些細で、どうでもいいことの方が長続きするものだ。
職種は多様に変貌していったが、就職活動から十年経った今も変わらず、人と接する仕事を続けている。
サービス業は感情労働であり、肉体労働や精神労働に比べ、社会的地位が低いのが現状だ。
したがって「誰にでもできる」と思われがちな仕事だが、決して「誰もが続けられる」わけではない。
感情を読み取り、いかに気持ちよくサービスを受けていただくかを常に考え、頭も体も、すべてをなげうって、いつでも誠心誠意、まごころを込めて接客しているつもりだ。
人に関わる仕事は、思っていた以上にドラマチックなものだった。
多種多様な人が集まる「店」という空間には、それだけたくさんの「物語」がつまっていた。
私は働く中で、「お客様の物語がハッピーエンドへ向かうよう、手助けをしているのだ」という想いを抱くようにしている。
私の接客で幸せになってほしい、とはおこがましくてとても口にできないが、要望を受けて共感し、満足感を得ていただくことで、多少なりともお客様のストーリーに加われたらいいと思う。
人生は一度きりしかない。泣いても笑っても、怒っても悲しんでも、たった一度しかないのだ。人生を本に例えるとするならば、ページ数は生きた年数などではなく経験なのだろう。どうせならばページを厚くして、山あり谷ありの読み応えある一冊にしたい。そして自分自身はもちろん、多くの人々の物語が、重厚感あるハッピーエンドであってほしい。
その為に私は、今日も目一杯の笑顔でお客様をお迎えする。
「こんにちは、いらっしゃいませ!」