「先生の仕事って大変でしょ。よく続くね。」同窓会で、よく言われる。このとき、私は“99を上回る1”の話をする。
教師の仕事は、苦労が絶えない。一年目から中学二年生の担任になった。朝六時に学校に着き、授業案を考えたり、プリントを印刷したりする。登校する生徒を迎え、朝の会では合唱を嫌がる男子の意欲を引き出す。
そして、授業だ。中学二年生は、どうしても“やんちゃ”な時期である。教室を飛び出す、ガラスが割れる、といったことが起こる。授業がない時間には、生活ノートに書かれた日記にコメントする。給食こそ、最も気を遣う。きちんと配膳させ、行儀よく座らせ、好き嫌いなく食べさせる(40人全員に!)自分は五分で食べて、片づけの指導にあたる。
昼休み?まともにとれたことがない。生徒から相談を受けたり、学級委員と学級会の打ち合わせをしたりする。放課後は、部活動だ。柔道部顧問として、道着に身を包み、共に汗を流した。
その後、下校時の見回りや会議をし、翌日の授業の準備に取り組めるのは、午後七時半あたり。授業は教師の華とも言えようが、地味で時間のかかる準備に支えられている。50分の授業をするために、二〜三時間かけるのは珍しくない。日付けが変わる少し前に退勤する。そして、次の日も朝六時に学校へ。通勤時間を惜しみ、週に一回は学校に泊まっていた。
それでも教師を続けられるのは、生徒の成長に関われるからだ。“指示待ち”が多かった男子生徒A。年度当初から、『自分から行動する大切さ』を説いてきた。五月の体育大会の練習では、Aは私やリーダーに言われるがままだった。意欲的に取り組めない。そして、体育祭当日、Aはバトンを落としてしまった。バトンパスの練習不足が原因か。責任を感じたのだろう、Aは少し泣いていた。振り返り用紙に、びっしりと文字を書いていた。
冬の合唱祭は、学級全体で取り組む最後の行事である。学級として、最優秀賞を目指すことになった。Aは、合唱が得意だ。思い切って、男声パートのリーダーに任命した。最初は渋ったが、体育大会後の振り返り用紙を再度Aに見せた。そこには、まじめにやらなかった後悔と、仲間への申し訳なさが書かれている。「この気持ちを晴らすチャンスだぞ。」とAを励ました。
本番が近づくにつれ、Aは変わっていった。「朝練がしたいです。何時から始めていいですか。」と、自分から行動する姿も出てきた。うまくいかないことも多く、Aは苦しんだ。その度に、共に悩み、考えた。
「呼吸をそろえよう!」Aの声が響く。前日のリハーサルが終わり、これはいけるぞ、と担任としても期待した。伴奏のない曲。問題は、歌い出しの“呼吸”をそろえることだ。難しいが、だからこそ練習してきた。本番、指揮者が両手を振り出す。「よしっ、そろったっ。」心の中で叫んだ。
結果として、私達は最優秀賞をとることはできなかった。申し分のない合唱だったが、他に際立って良い学級があったからだ。行事の後、振り返りの学級会がある。Aが心配だ。自暴自棄になっていないだろうか。しかし、彼はたくましかった。振り返りの要旨は、以下のとおりだ。『結果は悔しい。だが、自分は積極的に動けるようになった。今のメンバーで合唱することはもうできないが、三年生でもリーダーをやり、この経験を生かして、最優秀賞をとる。』
教師の仕事の99%は、辛いことなのかもしれない。しかし、生徒の成長を実感できる瞬間がある。それは、時間的割合でいくと、1%にも過ぎない。だが、その“1%の喜び”が“99%の苦労”を上回るのだ。そして、このことは他の仕事にも通じる。“99を上回る1”を見つければ、働くということはあなたの心を満たしてくれるだろう。