【 奨 励 賞 】

【テーマ:現場からのチャレンジと提言】
立場の壁
群馬県  新 井 雅 也  36歳

僕は昔から、良く言えば『夢中になる』、悪く言えば『極端な』性格だった。小さい頃は、毎月のお小遣いを大好きなプラモデルに全額投資。いつしかプラモデルは100体を超え、子供部屋は倉庫へと変貌した。高校のときはから揚げにハマり、毎日のように食べ続けた結果、体重が100キロを超えた。かと思えば、今度はダイエットに目覚め、半年で体重を30キロ削ぎ落とした。就職してからも、この性格は変わらなかった。


僕は養豚会社に就職した。養豚とは、豚を育てて豚肉を生産する畜産業のことである。就職後は昇進して部下をもち、社内で妻と出会うことができた。養豚の楽しさもさることながら、会社に対する『やりがい』と『感謝』で、僕は働くことに夢中になっていた。


働きだして10年が経った頃、僕はふと思った。養豚業界という、ひとつの枠のなかだけで考えていていいのだろうか、と。労働者の年齢・性別・国籍など、環境は大きく変化してきている。これからは、ただ業務をこなすだけではなく、多角的な視点で考えられる人材になることが、より会社への貢献に繋がるのではないかと考えた。

「もっと外の世界を知ろう」

僕は、友人のツテを頼って異業種交流会に参加するようになった。


外で知る多様な働き方やモノの考え方は、じつに新鮮かつ刺激的で目からウロコが落ちる経験の連続だった。僕は、社内で外の世界を知ることの必要性を説いてまわった。同僚からは奇異な目で見られるようになったが、むしろ心地よく思えた。会社のために誰よりも頑張っているという自負心と、今までにはなかった学びを得られているという喜びがあったからだ。休日のほとんどは異業種交流会にあて、睡眠時間を削ってビジネス書や自己啓発本を読みあさった。


そんなある日、上司に呼び出され、こう言われた。「最近のきみは見ていて心配だ。きみは経営者じゃないんだから、そんなことをする意味はないと思うよ」と。ショックだった。今思えば、僕の身を案じたからこその上司の発言だったと理解できるのだが、当時は『社員は指示されたことだけをやればいい』という意味で受け取ってしまった。


「社員じゃダメなのか」。目の前に『立場』の壁を感じた僕は、壁を越えるためには会社を辞めて起業するしかないのかとまで考えた。七転八倒する日々がしばらく続いた。正直、会社に対する熱意が醒めてないといえば嘘になる。しかし、おかげで冷静になれた。


よく考えてみると、今まで僕は夢中になるあまり、『こうあるべき』を自分にも他人にも押し付けていた。

自分に対しては「異業種交流をとおして、会社のためにがんばる自分であるべき」、他人に対しては「僕と同じか、それ以上にがんばるべき」といった具合に。


僕は考え方を変えた。『会社のために、がんばる自分』ではなく、『自分のために、がんばる自分』という立場で、趣味として異業種交流をする、という考え方に。同時に自分が決めつけた『こうあるべき』や立場に囚われること、それを他人に押し付けることをやめた。外から見たら、やっていることはあまり変わったようには見えない。けれど、気持ちはとても楽になったし、上司も「個人としての活動なら問題ない」と一定の理解を示してくれた。何より、楽しみながら異業種交流ができることが嬉しかった。考え方を変えただけだが、前に進めた気がする。


夢中なときは視野狭窄になりがちだ。だからこそ、目の前に壁が現れると高さにだけ目がいってしまうのではないだろうか。壁を乗り越えられないと思ったときは、一歩下がってみるといい。横に道があるかもしれない。その道を行ってみよう。たとえ遠回りだったとしても、確実に前に進めると僕は思う。

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