【 奨 励 賞 】
「なんで私は女なんだろう。生まれ直したい」
Aさんのその言葉に、私は戸惑いを隠せなかった。
ドラマやニュースでは触れたことがあるが、それを面と向かって聞いたのは初めてだったからだ。
Aさんはクラスの子だった。ハキハキして、明るかった。だが夏休みを過ぎた頃から不登校気味になってしまう。
来たがらない理由は、はっきりしなかった。そこで私は、家庭訪問を続けた。
学校のことはあまり聞きたくなさそうだったので、Aさんの好きなことを話そうと思った。
好きなマンガ。好きなゲームや遊び。好きなスポーツ。好きなキャラクター。
聞いているうちに、どうも男子の好みそうなものが多いと気付いた。またいつも男物の服を着ていた。
もしかして……。私は妙な予感が湧いた。
しかしそんなことは、こちらから聞くわけにはいかない。Aさんは学校では努めて、女子らしい格好や振る前をしていたのか、前の担任なども気付いてはいなかった。
だがもしそれが理由で、学校に来たがらないのだとしたら、それは手を打たねばならない。
どうにもならないジレンマを抱えたまま、季節は流れていった。
寒くなった頃、Aさんは学校に来られない理由を話してくれた。
「伝えてくれてありがとう。本当に辛かったよね」
Aさんは泣きながら、辛かった思いをぶつけてくれた。お母さんは自分を責めていた。二人の話を聞きながら、学校という場所がAさんにとっていかに辛いところであるかを知った。
まずはトイレや更衣室など、施設的に性別分けされていること。体の変化とともに、どちらに入ればいいかどんどん悩むようになったそうだ。
また背の順の並び方、男女別の検診、性別ごとの名簿、男女の色分け、他にも有形無形の男子らしさ、女子らしさというプレッシャー。
Aさんは女子らしくないと思われたくなく、必死で演じたそうだ。だがそれはそうした全てのことが、Aさんを傷付け、不登校にさせてしまった。
考えれば考えるほど、私は眠れなくなった。自分の何気ない言葉や素振りも、きっとAさんを傷付けてきたと思うと。
時をおかずして、職員室でケース会議が開かれた。アドバイザーとして参加されたカウンセラーの先生は、こうおっしゃった。
「これはすぐに解決するような問題ではありません」
Aさんの悩みは、まだ完全に受け入れられているとは言い難い。差別や偏見に苦しみながら声を挙げ続けた当事者や周囲の努力により、広く認知はされつつあるが、未だに偏見もあると言えよう。
「Aさんにとって、よりよい生き方を見つけていく支援をすること。学校としては、教育を受ける権利を保障することに尽きます」
これだけ世間の話題になっているにも関わらず、具体的に何もしてこなかった。ただ後悔している暇はない。今苦しんでいる子のためにできることから始めよう。
その場にいた教職員全てが、同じ思いだった。
私たちは、すぐに行動した。まずトイレを変えた。車いす用トイレを誰でも使える多目的トイレとして、私たちが積極的に使った。
「個室は落ちつくぞ」
そう皆に宣伝した。すると男子から、気兼ねなく行けると好評だった。
また全校児童の呼び方を「さん」付けで統一したり、男女混合名簿にしたりすることを決めた。
Aさん本人と保護者とも相談しながら、教室でも性別ではない自分らしさについて考える機会をもった。
苦しみ悩んでいるお母さんにも、カウンセラーの方を紹介した。
その頃、職員室内から、生きにくさを感じている子どもは、他にもいるのではないかという声が上がった。
私は頷いた。時代に合わせて、まずは私たちが意識を変えていく必要がある。私たちの勤める小学校は、子どもたちにとって最初の社会なのだから。
やがてAさんは転校していった。Aさんとお母さんから感謝の手紙が届いたが、私にはもっと早く動いていれば、という後悔しかなかった。
ごめんなさい、Aさん。
全ての子どもたちのためにこれからも動き続ける。できることは多い。