【 奨 励 賞 】

【テーマ:仕事を通じて、かなえたい夢】
ゆりかごを歌声で
岩手県  佐 藤  楓  41歳

昨年の春から、10数年ぶりに保育園で働いている。職員という立場でものを見ると、あらゆるものが変わっていた。まず、門扉を開けるのはカードキー。出勤簿も出席簿もデータ入力。日誌もパソコンで。父兄への連絡は電子メールを活用し、写真は専門の業者にインターネット注文。

「今って、こうなんだ…。」

あらゆるものが電子化・機械化されていて目を白黒させるばかりだった。

子どもの姿はあまり変わらない。部屋の中ではブロックや積み木、折り紙あそび。外に出れば砂場や木の実拾い。いきいきと遊ぶ光景は、昔からそのままだ。

しかし、思わぬ所で “時代” を感じる出来事があった。ある日、若い先生が私に尋ねた。

「ピアノとか、できますか?」

「一応、弾けますよ。」

「わぁ、助かります。去年、クラスの先生誰も弾けなくて、音楽遊びほとんどやってないんです。」

「そうなんですか!?」

複数担任のクラスなら誰か一人くらい、と思ったが、私はハッとした。私のような昭和生まれの世代は、習い事といえば “そろばん・習字・ピアノ” だった。保育士を目指してなくてもクラスに何人かはピアノを習っている人がいたし、田舎は特に一戸建てがほとんどだったのでピアノがある家は珍しくなかった。しかし、現役の若い保育士は平成生まれ。習い事のブームはスイミングや英会話で、ピアノは専門学校で初めて触るという人も多い。

「弾いてるとこ録画してもいいですか?指の動き覚えたいんで。」

「えっ!?」

真面目な顔でスマホをかざす。4歳からピアノを習った私には思いつきもしない方法に、驚いて言葉も出ない。でも、今はこういう時代なのだ。

生のピアノをほとんど聞いたことがない子どもたちに色んな曲を弾くと、とても喜んでくれる。弾けることの良い点は、その場でリクエストに応えたり状況によって流れを変えられることだ。そして、もっと便利なのが『歌声』。パート保育士の中でも年齢が上に行くほど “子守歌” をよく歌う。優しい歌声にスーッと眠りにつく赤ちゃんは、たまらなく可愛い。

「そっか、これも時代かも…。」

60代の保育士が自分の子育てをした頃、今みたいにパソコンで手軽に検索して童謡を流すなんてできなかったから、自分で歌うのが当たり前だったのだろう。その歌声には母としての温かさが残っている。私も歌って寝せるのは得意なほうだ。今年に入ってからはボイストレーニングも受けたので、ますますよく歌うようになった。寝かしつけだけでなく、グズる子の気分転換やふれ合い遊びにも、歌は役に立つ。

「先生の真似して歌ってみたら泣きやみました」

若い先生にそんなふうに言われるととても嬉しい。

私の役割は、若い保育者たちに音楽の良さを感じてもらい、日常に取り入れてもらうこと。そのために、簡単に弾ける伴奏や効果音の付け方をアドバイスしている。保育補助のパートではあるが、教える時は責任を持って教えたい。通信講座で『音楽セラピスト』の資格も取得し、音楽と体・心の結びつきも意識して構成している。

『子どもたちの心を健やかに育てたい。』

悲しい事件の多い今だからこそ、保育士として、母親として、そう思っているのは私だけではない。保育士にはそれぞれ得意な分野があるが、私の場合は音楽だ。“温かみのある歌声や音色を保育園じゅうに響かせたい” そんな夢を叶えるために、私は今日も出勤前のキッチンで発声練習をする。

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