【 奨 励 賞 】
昔の夢は花屋さん。3度の飯より花が好き。いつも花柄の服を着ていて、ついたあだ名は「ハナちゃん」。だけど嫁いだ先は代々続く農家。華々しい生活はおろか、じゃがいもや大根に囲まれて毎日汗だくだった。とても花を育てる時間も余裕もなかった。
そんなわが家には息子がひとりいる。優しくて穏やかでとても反抗などしない子だった。花に水をやるように、「いつか一緒に農家をやろうね」と毎日言い続けた。それが私の夢であり、願いであった。
農業大学校卒業後、息子は家を手伝った。大きな身体で颯爽と除草剤を撒く姿は頼もしかった。これこそ子育て冥利に尽きると思った。しかし、その半年後のことだ。
「なぜ働くのかわからない」
「自分には農家以外の選択肢がない」
「こんな家に生まれてこなけりゃよかった」
息子はそう不満を口にするようになった。経営に対する主人との相違もあるのか。だけど女の私にはどうすることもできなかった。
しかし、息子はまもなく部屋から出なくなる。壁には無数の穴。何か言えば扉を外し、とうとうガラスまで割れた。息子を思うと私もつらく、睡眠薬なしでは眠れなくなった。だが、一番つらいのは息子。親としてできることは何なのだろう。悩みに悩んだ末、結局、見守ることにした。だけど毎日不安で胸が張り裂けそうだった。
そんな私を見かねて主人が「花でも作ってみるか」と言い出した。私のために陽当たりのいい畑を「花専用」にした。しかし風で折れ、虫に食われたりと災難続き。大好きな胡蝶蘭だけに心まで折れそうになった。しかし次第に折れたところから2番花が出てきた。そこに息子の姿を重ねた。折れた心も、きっといつか次の花を咲かせるだろうと。
そしてとうとうその日がやってきた。私が風呂掃除をしていると息子が話しかけてきた。
「俺、今度ここの面接受けようと思う」
「いいよ」
「前からこういうのやってみたかった」
「いいよ」
「親父にも言った方がいいかな」
「もう、いいよ」
息子はコクンと頷き、部屋へと戻っていった。その後ろ姿で笑顔なのがわかった。
今だから思うことがある。子どもの人生は親のものではない。それと同時に人生のゴールはひとつじゃないし、人生のコースだってひとつじゃない。それは人の数だけあっていいし、
むしろ制限されるべきではない。どの道を選んでもいい。親の希望する就職先は大手でも何でもない。息子の選ぶその先に笑顔があればそれでいい。それだけでいいんだ。どうか就職で悩んでいる若い方がいたら、そう強く言ってあげたい。
あれから5年。様々な紆余曲折を乗り越えて息子が戻ってきた。最終的に息子は住み込みで農業を学んでいた。農で悩んだ息子を救ったのもまた農だった。今日も畑に向かう息子には笑顔の花が咲いている。そんな息子を見ながら胡蝶蘭をいじる私の心も、いま、満開である。これからも自分のチャレンジと息子の笑顔を大切にしていきたい。