【 佳 作 】
絵を描くこと、それは、口下手な私が自分を表現できる唯一の手段だった。一日中せき止められていた感情が放出される。それを一滴も無駄にしないように画用紙で受け止めた。日に日に上達していく絵を見るのが単純に楽しかった。これを仕事にできたら、どんなに幸せだろうか。と、思うと同時に私がそれになれるのか、なっていいのかと思ってしまう。何故そんなことを思ってしまうのだろうか。
私は小学生の頃から「普通でいること」にこだわっていた。集団に溶け込むことで安心感を得る。これでいいと思っていた。中学生になってもいつも通り「普通」を全うできると思っていたが、そう上手くはいかず、大きく普通から逸れてしまった。致命的な寄り道だ。この先しっかり仕事に就けるだろうか。自分で建てた積み木のお城をうっかり壊してしまったような感覚。また積み直す気力も無かったし、絵を描く気分にもなれなかった。平日も一日中家にいた。皆やっている「あたり前」ができていないのに、のんきに夢を見ていて良いのか。うしろめたい気持ちが膨らみ、イラストレーターになるという夢は自然に消えていった。そんな時、前好きだった、元音楽家の男が前職について語っている動画を見つけた。何故辞めてしまったのか、どういう心境だったのか知りたかった。彼は優しい声で淡淡と話した。
「呪いとか、自分の姿とかに囚われてしまっている人達を救えるというか、手を差し伸べることがやりたかったんですよね。」
私にとっての呪い、皆と同じことをしなければいけない、という思考だった。不登校という自分に囚われて挑戦することをやめていた。彼の話を聴いている内に重りが溶けて体が軽くなっていった。ある感情が、沸々と込み上げてくる。
「イラストレーターになりたい。」
彼のように、独特な世界を絵描いていきたい。優しさが不足している誰かに、めいいっぱいの優しさを絵で伝えたい。もう、人の目がどうとか、普通にならなきゃ、とかは、全く考ていなかった。呪いがとけたようだった。
今でも、前のような不安を感じてしまうときがある。そんなときは、彼が言った言葉を思いだそう。こんな私を支えてくれる周囲の人たちに感謝の気持ちを伝えるためにも、この夢を実現させたい。絶対に実現できるかは分からないけど、何もしないで、できないと嘆くのは良くないと強く感じた。今日も私はスケッチブックを机にひろげる。絵の中に座っている女の子は、少し微笑んでいる気がした。