【 厚生労働省 人材開発統括官賞】
3年前。大学を卒業した私は社会人になった。就職活動では色々な業界の面接を受け、迷走した。自分は何者になりたいのか。 考えれば考えるほど分からなかった。 大学4年の6月に内定をもらった。けれども就職する決断ができず、卒業直前まで就職活動を続けた。1年間も自己分析したのに、自分の将来像なんて分からなかった。 それでも周囲から取り残されるのが怖くて、最後に受かった会社に就職を決めた。今も続けている、携帯販売の仕事だ。 最近、仕事は人々の思いやりで成り立つと実感することが多い。私はそれを「思いやりリレー」と名付けてみることにした。
社会人1年目。はじめは料金収納など、簡単な手続きを学んだ。その次のステップで私は壁にぶつかった。「操作説明」だ。機械音痴だと、カンを頼りにするにも時間を要した。 苦戦している私に先輩が、毎日少しずつ基本の操作方法を教えてくれた。「今日のミッションは〇〇の設定方法を覚えること!」といった口調で、楽しめるよう工夫してくれた。 3ヶ月経つ頃にはメールの送り方など、簡単な操作説明は出来るようになった。自分が先輩から教わった知識が、お客様の役に立つことを実感できて嬉しかった。 楽しく先輩が教えてくれた記憶は頭から離れなかった。お客様にも同じ体験をして欲しいと思った。それは3年経った現在も変わらない。昨今、「スマホデビュー」をするお客様は増えている。 高齢の方にスマホを販売する際は工夫を怠らないよう心がけている。紙に大きく図を書いたり、スマホケースに説明を書いた付箋を貼ったりした。 先日嬉しい出来事があった。私が契約を担当し、その後も何度か操作説明をしたお客様。普段は一人だったがある日、奥様と来店された。 「主人がスマホを楽しそうに使うもんだから、私も欲しくなって。私にも教えてもらえるかしら。」と小さな声で恥ずかしそうに仰った。 先輩から私に、私からお客様に手渡された「思いやりリレー」のバトンが、繋がった瞬間だった。
ある日の朝。私は店内のゴミを袋にまとめていた。すると通りがかった店長が「ありがとう」と私に声を掛け、一緒に手伝ってくれた。 同じ日の夕方。棚に積もった埃がふと目に入り、拭き掃除をしていた。すると近くにいた副店長が「ありがとう」と私に声を掛けた。私のお客様が来店されたため、作業は中断した。お客様の退店後、拭き掃除の続きをしようとしたら、途中だったはずが全部綺麗になっていた。 首を傾げている私に同僚が「さっき副店長が、残りを拭いていたよ」と教えてくれた。この日のやりとりで心が温まったと同時に、違和感を覚えた。 家に帰ったあとも「ありがとう」の言葉と手伝ってくれたことに対しての、違和感は消えなかった。ふと、自分の後輩が掃除をしている姿を思い出した。私はそれを見かけても「後輩が掃除をしているなぁ」と思うだけで声は掛けていなかった。 「自分でなく後輩が掃除をするのは当然」という固定観念が染み付いていたのだ。感謝の気持ちが無かった自分が、急に恥ずかしくなった。次の日から私は変わった。後輩が清掃していたら「ありがとう」と伝えた。手が空いていれば手伝った。後輩は「えっ、あっ、ありがとうございます」と戸惑いながらも、お礼の言葉を返してくれた。店長や副店長から渡されたバトンを繋げた気がして、何だか嬉しくなった。
私は仕事を通じてたくさんの「思いやりリレー」を走る。いま私の手は、受け取ったバトンで溢れている。バトンが大きくて次の人に上手く渡せず、落としてしまう時さえある。 受け取ったバトンは着実に渡す30歳。 より多くの人に繋ぐ40歳。 思いやりリレーはどこまでも続く。 就職活動をしていた学生時代。 「将来どうなりたいか」といった漠然とした問いかけは、嫌いだった。成長した現在の私にとってそれは、ワクワクするものだ。 いまなら自信を持って答えられる。 「思いやりリレーの第1走者になりたい」と。