【厚生労働大臣賞】
使命〜AI(アイ)ある農業
埼玉県 みさわ禎夫
去年地元の農家が立て続けに廃業した。どれも高齢夫婦だけで営んでいた小さな農家だった。きっかけは台風19号。農業設備は風でなぎ倒され、農機具も浸水で使えなくなった。修繕費もバカにならず、後継者もいないことから廃業を決めたらしい。200年続いてきたバトンが、200年に一度の雨で途切れた。このまま日本の農業は衰退を迎えるのだろうか。そんな不安を覚えた。
わが家も先祖代々続く農家である。昔から長男なら父のあとを継ぐのが当たり前だった。「農の基本は人」と父が言うように農作業には人の存在が欠かせない。しかし高度経済成長期以後は機械化が進み、水やり機や袋詰め機、草刈り機など便利なものが増えた。その時父は「小さな見落としが増える」と危惧した。確かに実際に目で見て、手で触れるメリットは大きい。水やりだって場所によっては水分量を変える必要がある。水やり機にはそれができず、土の湿り具合や茎の太さを見て必要な水の量を割り出すことも不可能だ。
しかし時代はさらに進化を遂げ、今や農業にもAIが導入されるようになった。畑に見回りに行かなくてもドローンが害虫の生息状況を調査し、肥料の散布までしてくれる。実はわが家も一昨年AIを導入した。うちには息子のハウスと私のハウスがある。息子の方には遠隔モニタリングシステムがついている。これは湿度、温度、土壌水分を自動計測し、安全域から外れるとすぐに知らせが来るというもの。データはグラフ化され、逐一スマホに送信される。確かに便利で実用的。わざわざ足を運ぶ手間も省けるうえにローコスト。しかし先日農業誌の取材で息子は言った。「センサーはつけてるんですけどね。親父に『湿度を上げた方がいい』と言われると、そっちの方が正しかったりします」私はちょっと嬉しかった。今も両方のハウスにAIを導入しないのは別に息子と競っているわけでもなく、AIを信じていないわけでもない。これからの時代に必要なのは間違いなく競争ではなく、共存。ふたつのハウスが知恵と力を出し合って野菜作りを変えてゆく。「いい野菜を作る」というゴールさえ見失わなければ、やり方はいくらあってもいいと思っている。
それは働き手にも言えること。必ずしも跡継ぎは長男である必要はないし、性別も、学歴も、国籍も関係ない。わが家のアルバイトは皆、引きこもりの経験者だ。今や国内に100万人いると言われる引きこもり。農業で彼らを元気にしたいと思い、二年前から自立支援を始めた。
「なあ、オッチャン。こんな変な形のトマトがあるよ」
九年間引きこもっていた青年が笑う。
「オッチャン、私も自分でトマトを作ってみたい」
うつ病で長らく会社に行けなくなってしまった女性が話す。その笑顔に思う。農業には人を元気に、そして笑顔にするチカラがあるんだって。
農家を継いで50年。思えば苦労の連続だった。昭和58年の台風ではビニールハウスが10メートル飛ばされ、作物は全滅。トラクターも壊れた。それでも借金に借金を重ね、イチから野菜を作り始めた。上を向けば真っ赤な太陽にパワーをもらい、下を向けば小さな新芽に希望をもらった。そんな農業が今では私の誇りであり、魂。
「オッチャン、いつまで働くの?」
今や人生百年時代。農業に定年はない。目指すはいい野菜を作り、いい笑顔を作る農業。この身体が動くかぎり、この気持ちが熱いかぎり、私は続けてゆく。それが農を愛し、人を愛する者の使命だと思うから。