【公益財団法人 勤労青少年躍進会 理事長賞】
私には、仕事において持論がある。
「耳が良い人と歩くのが速い人は仕事が出来る。」
「は?何それ?」
って読んでいる人は思っただろう。でも、あながち間違ってないんだなぁ。これが。
遡ること10年前。当時高校1年生。私は、某ファーストフード店で働き始めた。右も左も分からない私の教育係になったのが40代女性のマネージャーだった。この店で5年働いたが、そのうち3年はこのマネージャーにみっちり教育を受けることになる。
仕事自体は単純作業が多く、難しくはない。きちんとマニュアルがある。でも、このマネージャーは毎日何かしらで私だけを叱る。嫌われていると本気で思った。ちなみにこのマネージャーに叱られる内容はマニュアルとは全く関係ない部分だ。ここでは鬼マネージャーと呼ばせてもらう。
まず教わったのは「次の人の事を考えて仕事をしなさい。」
目の前の事で精一杯の私は、人の事まで考える余裕なんてなかった。でも、だからと言って仕事を残していい理由にはならない。次の時間のスタッフは私がやり残した仕事から始めるはめになり、その人はマイナスからスタートしなくてはならない。迷惑な話だ。これは私に非がある。叱られて当然だ。
ある時教わったのは「音を意識しなさい。」
お店では様々な音がある。ドアが開く音、コーヒーが出来上がる音、ポテトが揚がる音。どれも注意深く聞き、音がする方に目を向けなさい。最初は意味が分からなかったが、今では理解できる。音に反応できるかどうかで取り掛かるまでの時間を短縮でき、最終的には全体の時間を縮める事ができる。確かにそうだ。納得のお叱りだ。
いつだか教わったのは「他のスタッフとは違う仕事を探しなさい。」
他のスタッフが取り掛かっている仕事を手伝っても、結果的には1つの仕事しか終わっていないことになる。周りをよく見て他に出来る事を探す。要は視野を広く持ち、終わっていない仕事を探せって事。確かにそうだ。納得せざるを得ない。
数々のお叱りはここに書ききれない。叱られたその時は反論しないものの、納得していないこともあった。でも、点と点が繋がる瞬間が必ずあって、線になって形になって。理解するまでに時間が掛かってしまったが、鬼マネージャーの行動ひとつひとつが理に叶っていることに気付かされる。口で言うばかりではなく、行動できちんと示しているから全てに説得力がある。いつしか鬼マネージャーの仕事に対する姿勢に憧れるようになっていた。
3年にわたりみっちり教育され、4年目には自分が教育する立場にいた。教えている中で鬼マネージャーと全く同じ教え方をしている自分がいて驚いた。その頃から周りのスタッフに「働く姿勢が似ている」と言われるようになった。ほんの少し近付けた気がして、とても嬉しかった。
私が冒頭に言った「耳が良い人と歩くのが速い人は仕事が出来る」というのは、絶対音感があるとか、せっかちだからとか、そういうことではない。アンテナを張り巡らせないと音って意外と聞こえない。そして、視野が広くないとアンテナも張れない。それに加え、動作のひとつひとつに無駄がなく、歩くのがとても速い。動きに迷いが無いって言えば良いだろうか。お客様の対応はもちろん、私がミスをした時もすぐに駆けつけてくれる。異変があったら1番遠くにいたはずなのに気が付いたら隣にいる。この鬼マネージャーは背中にも目が付いていると私は本気で思っていた。どこまでも凄い人だ。
この店を辞めた後、どこで働いても鬼マネージャーに教わった事は継続している。私はゆとり世代と呼ばれるが、どこへ行っても働く姿勢はとても褒められる。みっちり教育された3年がなければ今の私はいない。沢山のお叱りは私の財産となっている。
現在26歳。あの頃よりもう少しは近付けているだろうか。退職した今でも、目標は鬼マネージャーのように説得力がある人だ。