【公益財団法人 勤労青少年躍進会 理事長賞】
「ありがとうって言われる仕事がしたい
障がいのある娘が、進路を決めるときに三者面談で言った言葉。
あれから二年。娘は障がい者就労支援事業所に毎日通っている。
知的障がいと発達障がいを持ち、身の回りのことは支援が必要な娘は、驚くことに職場では集中して業務に取り組んでいる。
決まったことしかできない。逆に言えば与えられた仕事は責任をもって行う。
新しい業務が始まり、チャレンジを求められたとき、
「できるかな」
と、不安で何日も眠れないことが続いた。
わたしと夫は何度も話し合った。
「不安が強いが大丈夫か」
「やらないで諦めるより一度挑戦してから決めたほうがいい」
年明けの雪が舞う日から、娘はパン工房の仕事になった。
それまでは、内職業務。座って組み立てる業務から、食品を作る業務に変わった。
見習い期間は数週間にも及び、手洗いの清潔動作の他に、制服の着替えや接客の練習。
パニック発作を起こすのではないかという、両親の不安をよそに、彼女はパンの成型を見事に行っている。
毎日、立ち仕事でパンを作り、食器を洗う。家族がパンを買いに店舗に行くと、にこりと笑う。
「美味しいね」
「うん」
自慢げに笑う娘を見てわたしは思う。
あの時、諦めないで良かった、と。
働くことは厳しい現実を知ることだ。特に、娘のように一般の就労が出来ない障がいを抱える人たちには、選択の幅がなく、利益を求める競争社会では勤められない。
それでも、働くことが尊いのは、自分の力を発揮すること、可能性を信じること、他人と交流で得られることが大きいことだ。
「ありがとうございました」
パンを購入する人はみんな笑顔だ。
地域に根差したパン工房は、開店時間が短いにも関わらず、客足が絶えない。
娘に内緒でこっそりパンを買いに行ったが、真剣にパンの成型をしていた姿を見て、うれしくなった。
彼女は、家族以外の人に守られ支えられ、なくてはならない社会の一員になっている。
自分の好きなことや得意分野が職につながるとは限らない。
できない、経験がないと二の足を踏むのではなく、まずは飛び込んでみよう。
娘が作業所の送迎車に乗る音を聞いてわたしも仕事に向かう。
あの子も、頑張っている。
働くことは、自分の力を出すこと、社会のー人として貢献すること。
そして、何より。
誰かの
「ありがとう」
に、つなげることだ。