【 公益財団法人 勤労青少年躍進会 理事長賞 】

名もなき黒子の英雄たちが創る未来
東京都  真田 青 22歳

名もなき黒子の英雄たちが、今日も世界を支えていると私は考える。朝から晩まで、日々享受する「あたりまえ」は、名も知らぬ人々の功労のおかげだ。朝起きて飲んだ一杯のコーヒーにも、毎日のゴミ捨てにも、利用する公共交通機関にも、舗装された道路にも、商品を購入する小売店にも、昼食に頼んだ宅食にも、公共サービスにも、至福のディナーの時間に頬張った美味しい料理にも、人生で享受する全てに、想像を絶する数の人々の存在がある。やはり世の中の職業に貴賎はない。私を生かしてくれる全ての人に感謝だ。
 私は現在、世界中のコーヒー豆を麻袋一袋当たりからダイレクトトレードを行えるよう、産業のDX化を図る仕事をしている。2022年、世界のコーヒー生産者の67%は小規模生産者で、さらに、そのうちの44%は貧困に喘いでいる。生産者が生み出すコーヒー豆は、人間と同じように、どれもが固有の特徴を持ち、同じ品種の豆でも作り手が違えば、風味や味がまるで違う。それなのにも関わらず、1970年代以降に大量生産が進められるようになったコーヒー豆産業は、先物市場で定量的に価格が決められるようになってしまっており、流通の過程で異なる生産者同士の豆が混ざってしまい、それぞれの個性が失われている。そして、コーヒー豆に限らず、生産者の多くは当たり前のように収奪されているという暗い現状が、国内外問わずに存在しているのだ。私は政治的な思想は関係なしに、この現状に1人の消費者として悲憤を胸に湛え、彼らが本来受け取るはずの配当を手にできるように尽力している。
 世界の歪が初めて私の前で顕在化したのは、小学生の時だった。私は鹿児島の公立の学校に通っていたのだが、諸家庭的背景の指標とも言える経済的・文化的格差は、地方においても全く存在していた。給食費を滞納する家庭、虐待が止まない家庭、意図的に子どもに万引きをさせる家庭、挙げればキリがない。中学校に上がると、家族を支えるために高校進学を諦める子や、非行に走り、家庭裁判所から保護処分として少年院に送られる子、売春行為や違法薬物に手を出す子が同級生にいた。そうした壮絶な実態の反面、何不自由なく塾に通い国内外の一流大学に通う子や、ピアノやクラシックバレエのために夏休みの間、海外留学に行く子もいた。公立の学校ではそういう子が人工的な玉石混淆状態と言わんばかりに混じり合っていた。
 中間層として、彼らのどちらにも属さない立場にあった私にも15歳の頃に転機が訪れた。15歳の時、特発性後天性全身性無汗症とコリン性蕁麻疹という難病に罹ってしまった。難病のため対症療法しかなく、病状が好転しなかった私は東京大学への進学を諦め、高校2年生の冬に高校を中退。周りの同級生が高校生活、大学生活を送る中、無力な思いで通院をしながらアルバイトで生計を立てた。意想外に時期尚早に社会人になったことで、どれだけの人が、私が享受していた「あたりまえ」を生み出していたのかを目の当たりにした。「あたりまえ」は当たり前でではなかった。数多の仕事人が世の中を支えていた。心が震え、涙が出た。黒子の英雄が世界を支えているのだと思った。「彼らは表には出てこない、メディアには映らない、ただ確かに人々の生活の基盤を支えているのだ」
 私は大学進学のためのバイトを止め、就職した。生活の根っこを支えてくれる人々の助けになる仕事をするのだと決めた。今度は受けた恩を次の世代へ送る番だ。
 昨今もロシアのウクライナ侵攻に付随して、欧米諸国の電気代の更なる高騰化や物価上昇、物不足などグローバル規模の問題が目に余る。利己的な社会でも、私は利他的でありたいと思う。混沌とした世界が明ける頃には、社会調和重視の企業群が残り、利他主義が世界の中心的価値になると考えているからだ。綺麗事かもしれないが、理想のない仕事に未来はない。私も黒子の一人として、次の未来を創造したい。

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