【 公益財団法人 勤労青少年躍進会 理事長賞 】

どんな選択も正しいと思えるたった一つの方法
愛知県  紀伊 保 56歳

いまから20年ほど前、僕は岐阜県と富山県との雪深い県境で高速道路のトンネル工事に従事していた。当時は子どもが生まれて間もないころで、単身赴任での勤務となった。土曜日の夜に帰ってもクタクタに疲れ、月曜日の未明にまた現場に戻っていくという日々を繰り返していた。果たして、この生活に意味はあるのだろか。
 そんなとき、2005年に開催される「愛知万博」に向けて、県が公務員の採用枠を広げているという噂を聞いた。当時34歳の僕でも受験は可能だった。僕は、公務員試験を受験することにした。その結果、奇跡的に試験に合格し、数か月後に正式に採用するという通知が届いた。嬉々とする妻。「私は、公務員の奥さんになるのが夢だったの」と言い出すくらいだった。
 ここで、大きな決断に迫られた。転職するか否かだ。いまさらと思われるかもしないが、そもそもあの採用試験に合格すると思っていなかった。どちらかというと、妻の期待を裏切らないために受験したのだ。受験して落ちたのなら、それであきらめもついただろう。ゼネコンの仕事はやりがいもあり、僕にとって天職だと思っていた。だからといって、単身赴任が続き、家族に淋しい思いをさせ続けることになれば、本当にそれが幸せといえるのだろうか・・・。
 3月初旬。悩み続けた結果、僕は決断した。採用を辞退してゼネコンに残ることを選んだのだ。期待から一転、落胆に変わった妻。「パパは、私たちよりお仕事が大事なんだって」と、まだ何もわからない息子にこぼしていた。途端、後悔の念が押し寄せた。
 しかし、その決断が正解か失敗かの答えはすぐに出るものではない。決断したことは紛れもない事実だが、過去に戻ってやり直すこともできなければ、未来に行ってその人生の顛末を覗き見ることもできないのだ。ゼネコンを辞めないと決断した僕に残された道は、自分の決断を「肯定」し続けることだった。数十年後に、「あのとき辞めなくてよかったね」といえるような人生を自分で創り出すことだった。
 それからの僕は、以前にもまして未来に向けて懸命に取り組んだ。国土交通省の工事では、優秀工事として表彰され、投稿した論文では、最高位の国土交通大臣賞まで受賞した。
 一方で、家族を大事にし、忙しいながらも息子とは本気で遊んだ。そして誰よりも妻を大切にし、感謝した。


考えてみると、今に至るまで苦労もしたし、大変な時期もあった。だが、こうした経験を経て、今だからこそ言えることがある。どんな決断をしたとしても、それが正しいと思えるたった一つの方法があるということだ。
 それは、『目の前のことに本気で取り組み、自分が選んだ道を肯定し続ける』ことだ。本気でやり続ければ、愚痴や文句を言っている場合じゃなくなる。もし今の生活に不満があるのなら、それはまだまだ本気になっていない証拠だ。感動とは、本気からしか生まれないということを忘れないでほしい。僕は、本気で難工事のトンネルを掘り続けた。だからこそ貫通したときには、涙が止まらないくらい感動したのだ。
 では、本気でやれば、どんな夢も叶うかというと勿論そういうわけではない。世の中は、すべてが自分の思うようにはできていないからだ。しかし、どんな決断をしたとしても、目の前のことに本気で取り組めば、成功しても失敗しても経験が残る。そこから達成感とやり抜く力が得られるのだ。
 どんな決断をしたとしても、過去に後悔することなく、未来に不安になることもなく、「今ここ」に集中し、肯定し続ける。未来は、過去の延長線上にあるのではない。「今」の積み重ねの先にあるのだ。「今ここ」に集中すれば、どれだけでも未来のステージは上がっていくと僕は思う。

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