【公益財団法人 日本生産性本部 理事長賞】

テーマ:A私を変えたあの人、あの言葉
私の大切なメモ紙
岡田電工株式会社  櫻田 惇平 21歳


 私は鳥取県内の工業高校を卒業して地元の電気工事会社に就職しました。元請け建設会社の現場所長の下、電気工事会社の作業員として毎日、電気の配線や照明器具の取り付けを行っています。入社して一年目の私は、とにかく先輩の指示を聞いて作業をし、怪我や事故を起さないように安全面に気を付けながら、どのようにすれば作業が効率よくできるのかを学んでいました。先輩社員や現場監督から様々なことを教わり、自分自身の成長を感じていました。
 少しずつ自信がついてきた頃に、ある出来事が起こりました。現場で先輩社員に指示を受けながら作業をしていましたが、私は悪く言えば調子に乗っていた頃だと思います。先輩の指示通りに作業せず、勝手な判断で指示されていない電線を切断してしまいました。その瞬間、目が眩む光と共にバッーンと大きな音がし、目の前が真っ白になりました。電気が流れている線を切断してしまったのです。
 何が起こったのか理解できないまま呆然といていると、音を聞いた先輩が駆け寄ってきました。自分の思い込みで切ったことを説明すると、先輩は「馬鹿野郎!勝手な事をするな!お前なんか辞めてしまえ!」と大声で叱責しました。その後、私が引き起こしてしまった事故の修理対応で、先輩方が慌ただしくしている姿を呆然と立ったまま見ていることしかできず、ことの重大さに気付き涙が溢れてきました。人生でこんなに怒られたのは初めてです。心に突き刺さった先輩の言葉と、「なぜ言われた通りにしなかったのか」調子に乗って勝手な判断をした自分を責める気持ちでいっぱいでした。
 この出来事があってから先輩との会話も減り、会社で孤独感を感じ、毎日が後悔の気持ちでいっぱいになりました。「もう自分は駄目だ!この仕事に向いてない」と思い、仕事を辞めようと考えていました。そんな日が続いたある日、現場でやる気も起きず作業をしていると現場の所長から「ちょっと事務所に来て」と声を掛けられました。所長から「何を言われるのだろうか?怒られるのか?」とドキドキして事務所に向かいました。
 所長は、今まで私が失敗したことや怒られていたこと、毎日元気がなく仕事をしていたのを見て、心配になって声を掛けてくれたそうです。それだけでも嬉しかったのですが、所長は机から小さなメモ紙を取り出し「騎は一日にして千里なるも駑馬も十駕すれば之に及ぶ」と書き説明をしてくれました。名馬は一日で千里を走るが、遅い馬でも走り続ければ名馬に追いつくことが出来るという中国の名言です。所長は「凡人でも努力を継続すれば優れた人に追いつく事が出来る。君も仕事を続けて努力すれば、周りの先輩のように技術が身に付き、会社や世間から必要とされ感謝される人間になるはずだから、悲観せずこの仕事を続けてみなさい」と言ってくださいました。
 この言葉を聞いた私は涙をこらえることができず、汚れた作業服で涙を拭ったのを今でも鮮明に覚えています。この言葉は所長さんが若い頃に年配の現場監督から言われたもので、自分の若い頃を見ているようで次の世代に伝える時が来たと思ったそうです。その日から私の考えを改めました。何があっても、この仕事を続けていこう、そして将来、所長さんのようになって若者にこの言葉を伝えようと誓いました。
 今では後輩もでき、指導する立場になっています。あの時、所長さんが声を掛けてくれなかったら、今の自分はなかったでしょう。この仕事を続けていて本当に良かったと心から思います。今の仕事を続けることに不安を持っている同世代の方にこの言葉を伝えたいです。「駑馬も十駕すれば之に及ぶ」。今でもこの言葉を書いた小さなメモ紙は私の大切な宝物です。

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