【一般社団法人 日本勤労青少年団体協議会 会長賞】

テーマ:@仕事・職場から学んだこと
訪問バッグと坂道
沖縄県  豆苗 26歳


 業務終わり、心地良い疲れを感じながら家路に向かう中、夕日の差す書店の店先に積まれた売れ筋文庫に目が止まった。“コスパのいい働き方”その隣には“資産1億円でFIRE”など何ともクールでスタイリッシュな響きのタイトルが所狭しと並んでいる。パラパラとページをめくりつつ、ああ、自分はなんてトレンドから程遠い人間なのだろうと嘆いた。仕事はあくまでも生活費を稼ぐ手段と割り切り、コスパよく働いている人は賢く思えるし、働かずとも生活できるだけの資産があれば自分は今の仕事を辞めるだろうか等とぼんやり考えながら、書店を後にした。
 私は現在、南の島にある小さな町で保健師という仕事をしている。医療職の中では絶滅危惧種と言われるほど、なり手が少なくなりつつある職業だ。保健師というと、新型コロナ感染症が流行した際に疫学調査を担うなどしていたので、ご存知の方もいるかもしれない。普段は感染症の他、地域のすべての人々を対象に疾病の予防・健康の保持増進を使命として日々、奮闘している。と、かっこよく紹介してみたものの、実際はとても地道で黒子のような仕事であると思う。例えば、健康診断で高血圧だった方の家へ出向き食事指導、その隣の家は赤ちゃんが産まれたばかりなのでお母さんの体調確認に行き、そのまた隣の家は介護が必要になった高齢のご夫婦がいるのでご挨拶に伺うという日もある。
 保健師になり4年が経つ。仕事に費やしている時間や労力をコストとするなら、とてもコストの大きいことをしてきたと思う。専門知識を磨くには自己研鑽の時間が必要であるし、経験豊富な先輩達からビシバシと愛の鞭を打たれながら支援計画書を練りなおすこともある。ほんとうは塞ぎこんでしまいたいこともあるが、立ち止まっている暇なんてない。支援を必要とする市民からは次々にSOSがあるからだ。
 肉体的にも精神的にも多くのコストを費やしている自分が不恰好に思える。いつまでも要領が得ないように感じることも多々ある。こんなちっぽけで無力な自分が一体何のためになるのかと自問自答の毎日だ。けれども、そんな日々にも少しばかり光がさすこともある。それは市民からのさり気ない「ありがとう」の言葉や同僚からの熱いエールであったりする。人を救う仕事ではあるが、実際に救われているのは自分の方なのかもしれない。つまずいたり、また立ち上がったりと決してコスパが良いとは言えないが、そんな毎日も何だか悪くないなと思える。生きていることへの手応えみたいなのかもしれない。
 常夏の島の熱い日差しが容赦無く降り注ぐ坂道。今日も訪問バッグを抱えながら一歩一歩地面を踏みしめる。首筋に流れる汗を拭って小高い丘から町を一望すると、これまで出会ったたくさんの市民の方々の笑顔が思い出され、思わず足取りも軽くなるのがわかる。これからもこんな日々が続けば良いなあと心からそう思う。

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