【公益財団法人 勤労青少年躍進会 理事長賞】

テーマ:@仕事・職場から学んだこと
コスモポリタンの砦
東北大学大学院  謝 捷 25歳


 日本に留学して間もなく、私は留学生寮のチューターに就任した。
 それぞれが異なる文化の中で育った人たちが、同じ屋根の下で住む学生寮だ。当然、肌の色や容貌は言うに及ばず、その信仰や価値観、社会習慣に至るまでが大きく異なっている。母国ではごく当たり前のことでも、一部の外国人にとっては許されないこともある。そのため寮内の生活では毎週トラブルが発生するが、それはいつも何の前触れもなく始まるのである。
 今日もトラブルが発生した。両者の話を聞くとトラブルの原因はやっぱり文化の違いだった。仲裁に入っても私は、学校の授業で文化を学んだだけの青二才。二人の留学生はことごとく意見が一致していなかったが、戸惑う私を前にして、二人はこの点だけ意見が一致してしまう始末である。
 
 ――中国人にはわからないわよ!
 
 そんなある日のこと、私はふと、中国の文学者・鄭伯奇が書いた「世界人」という文章を目にした。「世界人」は当時の中国語でコスモポリタンという意味で、100年前に彼が書いた未来構想である。
 彼はこう述べる。「世界の人々が自分の価値観や国境にこだわると、争いや差別が発生する。だから我々は『世界人』を育てなければならない」と。
 彼の考える世界人は、個々の文化や価値観を尊重する人のことである。そして世界人はお互いが同胞意識を持つので、差別や偏見による争いがなくなる。そしてより良い人間関係を築き、共存していこうという意志を持っているという。また異なる文化や価値観を抵抗なく理解することで、人間としての視野が広がり、柔軟な思考や適応力が養われる。これは、個人として成長するだけでなく、社会全体の発展にもつながり、最終的には、国際社会における相互理解を促進し、平和と共存のための土台となるというのだ。
 調べてみると、青年がこの構想をまとめた年は、現在の私と同じ年齢だった。理想主義的な青臭さはあるものの、高い志を持つ雄大な構想に、私は少なからぬ感銘を受けた。
 そこで私は、留学生寮での新歓行事で、新入生の国籍の紹介をやめた。最初、一部の学生は理解に苦しんでいる様子であった。
 そこで私はこう説明した。
 
 ――これは、皆さんが相手の国籍から先入観を持つ前に、まず一人の人間として理解してもらうためです。
 
 すると面白いことに、皆は一生懸命にそれぞれの自己紹介を聞き、相手の表情や話し方、趣味などから相手を理解しようと努力を始めた。事実、この方法により、皆の心の距離は確実に一歩縮まったのである。
 このように私はチューターという職業を介して、教育やメディアを通じて植え付けられた国籍という偏見から留学生を解放したいと考えている。そしてこの学生寮に来た様々な留学生を世界人として付き合うことにしている。現在はまだ模索の段階であるが、それでも構わない。なぜなら、こうした人と人との対話の積み重ねは、柔軟性に長けた若者だからこそ取り組むべき問題だと私は考えているからである。
 世界人の養成を目的としたチューター勤務も今年で3年目を迎えた。私の教え子達は、現在日本や世界中の大学へと進学している。それぞれが小さな種であるが、世界に蒔かれた種は、後に世界でコスモポリタニズムという芽を吹き、いつかは差別や偏見のない社会を育ててくれることを、仙台の地でいつも願っているのである。

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