【公益財団法人 勤労青少年躍進会 理事長賞】

テーマ:@仕事・職場から学んだこと
黒一点
京都府  はしゃぐ年子の心 39歳


 看護師1年目の僕は、常に不安と焦りでいっぱいだった。覚えなくてはいけないことが山のようにある。物の配置や使い方、よく知らない病気、初めて聞く薬。
 
 忘れまいと大量にメモをとるが、次々と押し寄せる業務にメモさえも追い付かない。仕事終わりに、そのメモを見直すが、ミミズの通ったような字で自分でも読めず「あーもう!」と独り言がでる日々。仕事を覚えるのが同期より遅く、「それ前に説明したよね。」の先輩の言葉に、「すみません。」しか言えなかった。
 
 精神的にきついことがもう1つあった。それは、自分が男性であるということ。
 
 「看護婦なんて男のする仕事じゃないわ。」と仕事中に眉間にしわを寄せながら高齢のおじいさんに言われた。
 
 体拭きやトイレの介助は女性じゃないと絶対嫌という女性患者さんも結構な割合でいる。異性にケアされるのは恥ずかしいという思いは当然分かる。ただ、そういうことが続くと、他の女性看護師に業務を代わってもらうことが増え、そのたびに自分が周りに迷惑をかけていると感じた。
 
 就職して4か月目、食欲がない。食べても吐き気がする。原因は自分で何となく分かる。自分はこの仕事向いてないのかな。もう、辞めたい。と常に思うようになっていた。
 
 「ちょっと、移動するの手伝って。」と呼び止められた。体重100キロぐらいの患者を車椅子からベッドへ移動する時に、偶然通った自分に声が掛かった。患者さんを正面から抱え、「いち、にの、さん。」でベッドへ移動した。無事成功。すると先輩が僕に向かって「初めて役にたったなぁ。」と言った。周りのスタッフも笑っている。僕も合わせて笑ったが、心の中では、今まで役に立っていないってことかと悲しくて悔しかった。
 
 それから数日後、明らかに疲れた顔をしていたのだろう。師長に呼ばれ面談となった。正直に仕事がつらいことを話した。すると師長は、
 
 「男性のあなたじゃないとって思われる時が絶対に来るから。」と言ってくれた。しかし、半信半疑の僕は「そうですかね。」としか返事できなかった。
 
 そんな時、ある患者さんが入院した。17歳の男性。バイクで転けて足を骨折。手術後、点滴しても、薬を飲んでも傷が痛いと訴えていた。痛みに対する医者からの指示は、あとは坐薬だけ。ただ、彼は恥ずかしさからか嫌がった。困った先輩看護師が男性看護師ならどうかと確認すると「それならいいよ。」と僕に指名がまわってきた。僕は痛み止めの坐薬入れ、先輩看護師が1時間後に痛みを確認するために部屋に伺うと「楽になった。あの看護師さんは神様や。」と笑いながら話していたと教えてくれた。
 
 それから何度か痛みはひどい時は僕が坐薬を入れる担当になった。その患者さんは若さもあり順調に経過し、3週間で退院となった。退院日には「一緒に撮ろうよ。」と言われ一緒にスマホで撮り、笑顔で退院となった。
 
 またある時は、高齢の女性の患者さん。自分と目が合うといつも笑顔を返してくれる。やたらに愛想がいいので検温の時に伺うと、遠くに住んでいる孫の雰囲気にそっくりらしい。その患者さんとは、合うたびにちょっとした世間話をしたりと退院まで良好な関係を築けた。
 
 看護師という職業にとって、男性はまだまだ少数派である。そのため肩身が狭いと勝手に思っていたが、どうやら違うみたいだ。
 
 それに患者さんが何を望むかはこちらでは決められない。ただ、その人のニーズに自分が男性であるがゆえに応えられることもあると知った。
 
 今では重たい患者さんがいれば、積極的に手伝うようにしている。男性の自分にできることで、人の役に立つのなら男性であることを大いに活かしていきたい。

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