【厚生労働大臣賞】

テーマ:A私を変えたあの人、あの言葉
小さな火を灯す
青山学院大学  阿部みちる 21歳


 朝5時30分。私は今日もアルバイトに向かう。
 
 あの元気な声が聞ける。
 
 大学進学を機に北海道から上京し、一人暮らしの生活費を稼ぐためコンビニでの勤務を始めて3年半が経った。朝の6時から9時の間の勤務の中で、私が密かに楽しみにしている時間がある。それは、毎朝8時を少し過ぎたころ、おにぎりやお弁当、パンなどの商品を搬入するためにやってくる配送業者のおじさんに会うことだ。
 
 おじさんは、毎日、とても元気だ。元気じゃないところを見たことがない。店に入ると同時に、誰に向けて言うわけでもなく、「おはようございまーす!」と店内に響き渡る大きな声で挨拶をする。商品の入った番重が何段にも重なったとても重い台車を押しているのに、一歩店に入れば、見ていて気持ちが良いほどにテキパキと商品を搬入し、あっという間に運び終わると、「ありがとうございます!今日は以上です。」とにこやかに私たちに声をかけ店を後にする。おじさんに会った回数は数え切れないが、一日たりともその声量が落ちたことはない。とても素敵な人だ。毎朝あまりに大きな声で挨拶をするので、買い物に来ていたお客さんが驚いておじさんを振り返る光景を何度も目にした。
 
 アルバイトを始めた当初は私もおじさんの元気さと声の大きさに圧倒されたが、今では私も毎朝同じように元気に挨拶を返す。しかしやはり、誰しも人間だ。365日、毎日元気いっぱいで過ごすことは難しい。私も、眠気が冷めない日や、気分が上がらない日もある。おじさんもきっと同じだろう。それでも毎朝、少なくともあの時間帯、必ず誰よりも明るく元気に商品搬入を行うおじさんには、きっと熱い信念がある。その姿は、人としてとても大切なものを教えてくれている気がしてならない。店に響き渡るおじさんの元気な挨拶を聞くとなんだか少しうれしくなり、少しやる気がでて、気持ちがパッと明るくなる。もっとも、おじさんは、私がこんなふうに思っていることを知らないだろうが…。
 
 働く上で大切なこととはなんだろう?
 私は、何を大切にして生きていきたいのだろう?
 
 大学4年になり、就職活動が本格化している今、何度も考えた問いである。
 
 誰もが知る大きな企業で働き、お金をたくさん稼ぐことか?
 大きなプロジェクトに携わり、経済を動かすことか?
 便利で素晴らしい商品を開発し世に出すことか?
 
 人に誇れるような、大きなことを成し遂げようとして、自分を見失っていた。
 
 私は、その答えをすでにおじさんにもらっていた。
 
 生きていれば、悲しくなる日も、楽しい日も、理由もなく気分が上がらないような日も、失敗してしまう日も、なぜか無性にやる気が出る日もある。
 私たちは、毎日違う色の1日を過ごす。
 人は、人と関わりながらカラフルな毎日を生きていく。
 
 その中で、何か一つでも、他人にポジティブなエネルギーを与えること。
 
 仕事を通して、気持ちの乗らない誰かの1日が、少し楽しくなったり、うれしい気持ちになったり、心がパッと明るくなるような、そんなエネルギーを与えたい。そして、目に見えて分からなくても、声となり聴こえなくとも、自分は誰かにとってそんな存在であるだろうと、胸を張って思えるような生き方をしたい。
 
 私はおじさんのように重い台車を軽々と押すことはできないが、おじさんが私に与えてくれたように、小さな火を誰かに灯すことはできる。先の長い人生の中で、社会人として本格的に社会に出る前に感じた、このささやかに、しかし確かに燃える火を、消さないように生きていきたい。

戻る