【公益財団法人 日本生産性本部 理事長賞】
アルバイトの帰り道、ポケットの中の携帯電話が鳴った。画面には、見覚えのある番号が表示されている。電話に出ると、「先日は面接を受けてくださり、ありがとうございました。ぜひ一緒に働きたいです」という、第一希望の職場からの採用通知だった。
込み上げてきたのは、ただの嬉しさではない。「やっと誰かに必要とされた」という、深い安堵だった。というのも、私は数年前、うつ病を患い、前職をわずか1年で休職、そして退職してしまったからだ。心も体もついていかず、毎日を乗り越えるのが精一杯だった。「自分に存在価値はあるのか」、「自分は誰の役にも立てないのではないか」と自己否定してばかりの日々。小さなミスに過剰に落ち込み、他人の視線が怖くなった。次第に働くことそのものが怖くなり、やがて通勤がままならなくなった。休職という選択をしたときは、自分の弱さを突きつけられたようで、強い喪失感に包まれた。
けれど、時間をかけて少しずつ体調を整えていく中で、今後の働き方について考えるようになった。そして心に浮かんできたのは、「人の役に立つ仕事にしたい」という思いだった。社会の中で、直接人と関わりながら支えることができる公務員という仕事なら、自分の苦しみを経験として活かせるのではないか。過去を悔やむのではなく、回復する過程で得た気づきを、これからの人生の糧にしていきたい。そう思い、公務員を目指すことを決断し、退職することにした。
その後は、試験勉強との両立するため、正社員ではなく、アルバイトを選ぶことにした。ご縁があり、小さい頃からの憧れだった東京ディズニーランドで働けることになり、採用が決まったことを母親に報告すると、母親は嬉しそうにこう言った。
「回り道には、回り道にしか咲いていない花があるんだよ。」
そのときの私には、この言葉の意味を理解することは難しかったが、胸の片隅に留めながら、アルバイトと公務員試験の勉強に取り組む日々が始まった。
ゲストに夢を届けるというキャストの仕事は、やりがいに満ちていた。私の言葉や動きで、ゲストは笑顔になり、喜んでくれた。写真を頼まれたり、サインを求められることもあり、ゲストと交わす会話にこちらが元気をもらうことも多かった。あの場所で過ごした時間は、心が疲れていた私にとって、自信を取り戻すきっかけとなった。仕事を通じて、「自分にもできることがある」、「誰かの役に立てる」という手ごたえを、少しずつ実感できるようになった。
そして今年の3月、名残惜しさを抱きつつディズニーキャストを卒業し、4月からは、区役所で働き始めた。最初は緊張の連続だったが、少しずつ仕事に慣れ、今では上司に「安心してみてられる。辞めないでね。」と声をかけていただけるようになった。
今、私は夢を持っている。それは、「社会の中で、誰かの人生の一瞬をやさしく支えること」。例えば、窓口で、困っている誰かがホッと落ち着ける瞬間を作ったり、生活の不安を、少しだけでも軽くすることだ。私は26歳のオールドルーキー。振り返ると、早期退職やアルバイト生活を経験し、他人とは違う人生を歩んできた。劣等感に押し潰されそうになったことも、先の見えない不安に絶望したこともあった。しかし、遠回りをしながらも前に進んだからこそ、見えた景色がある。
あの時、母親が言った「回り道にしか咲いていない花」―家族の支え、キャストとしての経験、そこで出会った人々―すべてが、今の私を形づくっているのだ。
私は今、公務員としての一歩を踏み出したばかり。まだ土に蒔かれたばかりの種だ。きっとこれから、苦しいこともあるだろう。それでも私はぐっと歯を食いしばり、我慢を重ねながら、強い根を張っていきたい。そしていつか、誰かの心にそっと咲く、花になれたらと思う。