【公益財団法人 日本生産性本部 理事長賞】
働き始めた頃の私は、頑張れば報われると信じていた。
頼まれた仕事は断らず、謝る役も引き受けた。
けれど、頑張るほど仕事は増え、「最近の若者は」と一括りにされた。
働くことは、思っていたよりずっと理不尽で、頑張りは背負う荷物だと思った。
それでも私は、自分の仕事を投げ出したくなかった。
なぜなら、誰かが困ると知っているからだ。
どんよりと鉛のように重くなった身体にムチを打って職場に向かう。
十二年前、夢だった教員になったばかりの私は、教室に立つだけで胸が高鳴っていた。
子どもと接する時間が愛おしく、授業準備をするたびに、子どもの弾けるような笑顔を想像した。
教室を飛び出した子を追いかけ、保護者対応に頭を下げる。病休の教員の穴埋めだってやった。自分の仕事にはなかなか手をつけられず、自分自身がどんどん削られていった。思い通りにならない現場で、頑張るほど仕事は増えていった。
必死に働いた結果、私は体を壊して退職を余儀なくされた。
それでも私は、働き方を模索しながら非常勤講師として再出発した。
再出発した後も、理不尽さは消えなかった。
頑張る人に仕事が集まり、できる人ほど重たい役割を担っていた。見ているだけで息が詰まった。正直、辞めたいと思うことは何度もあった。でも、私に優しい風が吹いた。
「先生、偉いわぁ、そんなに授業準備ちゃんとして」
隣のベテランの先生が、私のノートを見て言った。再任用の期間も終え、私と同じ非常勤講師。
今でこそ同じ立場だが、教師歴40年以上の大ベテランの先生だ。そんな先生からの柔らかい口調に、心がふわりと軽くなった。
ある時、暴れん坊の子どもとのトラブルがあった。すると隣のベテランの先生が眉をひそめて言った。
「今日は、元気があまりすぎていて、ステキな感じになっていましたよ」
トラブルを起こした子どものことを、“ステキ”と言った。その言葉に、私は思わず息をのんだ。
ベテランなのに、いつも腰が低く、否定的な言葉を言わない。いつも柔らかいオーラで包まれていた。
「先生の頑張っている姿見ると、私も頑張れちゃうわ」
そんな言葉をかけられ、私はいつの間にか隣にいる先生のことが大好きになっていた。そして、こっそり私の心の中で、“妖精さん”と呼ぶことにした。だって、妖精のようにかわいらしくて、優しいから。
ある時、妖精さんが目を丸くして私に言った。
「あの子、先生がそばにいるとちゃんと座っていられるわね」
「いや、特に私は何も……。同じ目線で、何からやる?一緒にやろうってそばにいるとやってくれますね」
と私が微笑むと、続けて言った。
「きっとね、あの子の心に響く魔法の言葉を先生がかけたのよ。さすがだわ、先生!」
妖精さんは、誰も傷つけず、誰も責めない。
そして、いつも誰かをそっと支えて包み込んでくれる。
魔法の言葉を本当に使っているのは、いつも妖精さんの方なのだ。
私はずっと、頑張れば報われる。だから「ちゃんとやること」が働くことだと思っていた。
でも妖精さんを見ていて気づいた。働くとは、正しさだけで人を動かすことではない。
誰かの心を少し軽くする言葉を選ぶこと。一緒に頑張れると思わせること。そんな働き方もあるのだと。
働くことの意味は、十二年働いた今も正直わからない。
けれど、「どんな働き方をしたいか」は少しずつ見えてきた。
理不尽な日もある。投げ出したくなる日もある。
それでも私は、妖精さんのように誰かの隣で「大丈夫よ」と笑える人になりたい。
今日も私は職場へ向かう。
働くことの意味を見つけられなくても、どんなふうに働きたいかは、自分で探せるかもしれない。
あのとき妖精さんが教えてくれたように、私の何気ない一言も、誰かの心に届いているのかもしれない。
「きっとね、あの子の心に響く魔法の言葉を先生がかけたのよ。」
あの日もらったその言葉を胸に、私はまた一歩を踏み出す。